リレーされることまで含めて芸術
りれーされることまでふくめてげいじゅつ
社会的な意味の全くないものにすごくこだわりを持って、そこの差異を美的に判断できるようになっている——それが結構人間の、というところから。
番組より
作品ができるってこと、それ自体が面白いんじゃなくて、作品から作品にリレーされることを含めて全部芸術と言った方が楽しくないかみたいな。その作品と批評の往復もそうだし。
この項目について
作品ができること自体が面白いのではなく、作品から作品にリレーされることまで含めて全部芸術と言ったほうが楽しくないか、と福尾は言う。作品と批評の往復もそうだし、荘子itはそこにジャズのプレイを聞き分けられるようになることを重ねる。「これ泣ける」でそこで完結してしまうと、今ある世界の手触りをむしろ強固にしていくことになる。
この項目が出てくる回
関連項目
- それぞれに知性があって上下の差はないユートピア的に聞こえるかもしれないけれど、と断って荘子itが言う。
- 頭の中だけで完結させない普通に考える、会議をする、というのとは全然別の仕方で生物は存在できる——クラゲや微生物は、思うとかではない形で生きている、と荘子itは言う。
- ツイッターではありえない景色2025年7月の参院選の夜、東浩紀は9時間の選挙特番をやった。
- 組織を作ることも考えることのうち東浩紀の近年の仕事のうち福尾が一番好きなのは『ゲンロン戦記』だという。
- その場にチューンナップされて発話される東浩紀の一人語りは、言っていること自体はいつも素晴らしいけれど、毎回同じことを言っているとも思うので最近は見ていなかった、と荘子it。
- 戦争に参加した哲学者は戦争を論じない人はやばい状況になったり危機に陥ったときにしか思考していない、という話から、福尾が小泉義之『兵士デカルト』を引く。
- 理論はインプットとアウトプットのブリッジ前回の「批評とは何か」の続きとして、昨日の日記にたった今書いたばかりの話、と福尾が持ち出す。
- 哲学の無教養主義はありえるか東の放送に、数年ひとりで哲学をやっていると言う若い参加者が来て、三島由紀夫も太宰治も知らず、東のことはひろゆき経由で知ったと言った。
韻を踏んでいること
- アンチ・オイディプスeiuu・荘子itの読み方は「フロイトやラカンはもちろんすげえ、あれは一つの理論体系だ、でもそれだけじゃねえだろ、それで満足すんなよお前ら、もっと熱くなれよ」。
- それぞれ勝手にやっているからやりとりが発生するeiuu・葉山莉子がTinderでマッチした相手に日記を送っていた——一番多いときは同時に100人へ——という話から福尾が引き出した形。
- ちょうど間にいるあり方をその都度発明するeiuu・逆張りをするのでもなく、何気にそこにいるということでもなく、ちょうど間にいるようなあり方が、その都度発明されるべきだ、と荘子itは言う。
- 非対称性を肯定するeiuu・世界にはやる側とやられる側、金持ちと貧乏人といった非対称性がある。
この項目に言及している項目
- アウトプットまで連れていく非常勤の授業は200人規模で、単位のためだけに受けている人が多い。
- 揚げたての唐揚げを買って公園で寝る福尾が夜型で、収録の直前に起きたという話から。
- 朝倉未来格闘家。
- アラン・バディウフランスの哲学者。
- 音楽に啓蒙はいらないそもそも音楽が好きじゃない人に「音楽って素晴らしいんですよ」と言ってもしょうがない、と福尾。
- 会場に着いてからセトリを考え直すつくばロックフェスの話から。
- 芸術の使われ方は三つしかなかったアラン・バディウによれば、芸術はだいたい三つの使われ方をされてきた。
- ゲンロン戦記東浩紀の著書。
- 一人でフジロックは寂しすぎるフェスに行ったことがない、と福尾。
- フィールドの中で言うから面白いカニエ・ウェストは元々、手作業のビートメーカーという職人から出発した人で、真面目な職人が絶対にやらないようなありえない感、ヤバさ、神感をうまく出してくるバランスが凄かった、と荘子it。
- 兵士デカルト小泉義之の著書。
- やってない間の見せ方格闘家は年に2、3試合しかできない。
- ラップは確認であるコンスタティブとパフォーマティブの話から。