路上のユートピア化
ろじょうのゆーとぴあか
路上、お邪魔ですかのタイトルへの福尾の批評。
番組より
かなり結論先取りしてるっていうかさ、元々の日本語のニュアンスにそんな、路上ってシェアードグラウンドだよねみたいな合意ってそこまでないと思うし。
そこら辺のだからすごいユートピア的なんだよね。
中国の一帯一路構想の話とか入ってきたらめっちゃクリティカルだった。シルクロードとか路上じゃんみたいな。
この項目について
英題は「路上 Shared Ground: Am I in your way?」——でも日本語の「路上」にシェアード・グラウンド(分有された土地)なんて含意はそこまでなく、かなり結論を先取りしている。『オン・ザ・ロード』が路上と訳されるように、普通はロードでいい。いろんな人が雑多に集まる理想の路上をユートピアとして設定した上で、いまはそうなっていないですよね、という疎外論的な図式がタイトルに入ってしまっていて、一方に超芸術トマソン、他方に美術館に道を作ったChim↑Pomという展示構成の両極ともきれいに対応しすぎている。そのすっきりさが、路上の理想化で担保されている。一帯一路構想の話が入ってきたらめっちゃクリティカルだった——シルクロードとか路上じゃん。それで一発で全体を相対化できた。
この項目が出てくる回
関連項目
- ビジネスパーソンって誰のこと?「ビジネスマンが人文書を読む」という流行への違和感から。
- 使わないと理解できないフィロシャピーで始まった千のプラトー講座から。
- 一周目で通じる会話はだるい「確かに僕もそれを意識しなきゃいけないと思いました」という会話への苛立ち。
- リベラルに必要なのは好かれる勇気批評家の綿野恵太(『「逆張り」の研究』『みんな政治でバカになる』)のツイートから。
- 男性的なセルフネグレクトTaiTanの「男はいつまで経っても男の子のまんますぎる」発言から。
- ポスト壊れた機械モデル壊れた機械と変だけど動く機械の先を指す荘子itの言葉。
- 建てることからの撤退福尾が8年前(25歳頃)に書いた建築批評のタイトル。
- 路上、お邪魔ですか金沢21世紀美術館から渋谷の松濤美術館に巡回した展示。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 運動神経悪いやつの体の面白さノーラン談義から。
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