高校生バンドみたいなノリで始まってほしい
こうこうせいばんどみたいなのりではじまってほしい
ポッドキャストが流行ってきているので、 **クラスの面白いやつと「実は俺も面白いんだよ」と、 昔で言えば「芸人一緒にやらへん?」というノリで、 「ポッドキャスト一緒にやろうぜ」というのが起きているとしたら、 それはめちゃくちゃバンドで、そう
番組より
要は高校生とか高校生バンドみたいなノリで、クラスの面白いやつと、実は俺も面白いんだよみたいな、昔で言うと芸人一緒にやらへんみたいなノリとして、ポッドキャスト一緒にやっちゃおうぜみたいなのがあるとしたら。
あんまり最初からそういうビジネスなのか、そういう別の価値なのかみたいな大人のロジックの対立の中で、あんまり語らない方がいいんじゃないかな。
この項目について
** そういうピュアな文化として育ってほしい。 だから 「ビジネスなのか、それ以外の価値なのか」という 大人のロジックの対立の中で、あまり語らないほうがいいんじゃないか。 最初からその二者択一が迫ってくると、うっとなる—— 偽のプライドを持って意固地になってしまう。 「音楽はお金のためにやるのか」という話は、 始めたときには絶対にみんなそうじゃない。
この項目が出てくる回
関連項目
- ブームはハイプであるポッドキャストブームと呼ばれるものがあるらしい、というところからポッドキャストサミットというイベントが立ち上がっている。
- アートウォッシュされた街福尾が住む黄金町は、その典型だと言う。
- 20年前の東浩紀として振る舞わされる対談後のツイートの「20年後の君に期待している」について。
- 虚構を現実化したい派と現実を虚構化したい派荘子itによる、めちゃくちゃ雑な分け方。
- 主体的に疎にしていく一緒に行こうと言われてすっぽかされ、一人で美術館に行くほうがいい。
- ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分**寂しさというものに向き合う時間が、今どんどんなくなっている。
- 許可された途端に疎がなくなる**「ここに彫刻を置けるぞ」という発見と、 あとから来た我々がその彫刻を発見すること—— その連鎖のあり方が疎。
- あえて性を脱色する90年代の美学で言えば、それは 「透かし」「外し」 として言われていたもの。