あえて性を脱色する
あえてせいをだっしょくする
90年代の美学で言えば、それは 「透かし」「外し」 として言われていたもの。
番組より
あえてやってる性をどうやって脱色するかみたいな。あえてそうやってるんじゃなくて、マジでベタに疎なんだみたいな。
そこをだからうまく脱色して抽象化して、なんか端的にポジティブな欲望として肯定し直したっていうのが。
この項目について
「しらけつつ乗り、乗りつつしらける」という浅田彰的な形にすると、 それ自体がメタゲームっぽく見える。 その「あえてやってる性」をどうやって脱色するか。 あえてそうやっているのではなく、マジでベタに疎なんだ。 荘子itが受ける—— 乗りつつしらけるは、否定性を媒介した不良性。 大学や社会という公共物をうまくハックしてやっちゃってる俺ら感が、 あらゆる概念に滲み出ている。 批評をやる人間には全員そういう不良精神があるから、 今から振り返るとちょっとむず痒いところがある。 そこをうまく脱色して抽象化し、 端的にポジティブな欲望として肯定し直した——それが疎。
この項目が出てくる回
関連項目
- ブームはハイプであるポッドキャストブームと呼ばれるものがあるらしい、というところからポッドキャストサミットというイベントが立ち上がっている。
- アートウォッシュされた街福尾が住む黄金町は、その典型だと言う。
- 20年前の東浩紀として振る舞わされる対談後のツイートの「20年後の君に期待している」について。
- 虚構を現実化したい派と現実を虚構化したい派荘子itによる、めちゃくちゃ雑な分け方。
- 主体的に疎にしていく一緒に行こうと言われてすっぽかされ、一人で美術館に行くほうがいい。
- ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分**寂しさというものに向き合う時間が、今どんどんなくなっている。
- 許可された途端に疎がなくなる**「ここに彫刻を置けるぞ」という発見と、 あとから来た我々がその彫刻を発見すること—— その連鎖のあり方が疎。
- 週1回スナップされる服番組が3か月前からビデオありになって、 **週1回、私服を見せるという形式になった。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 口が先に動くTaiTanに番組を褒められたとき、 **お礼ではなく「福尾がポストポストアポカリプスと言っていたのを 微妙だと思って『しっぽ』にした」という説明を早口でしてしまい、 「手柄を全部横取りしようとしている」ように見えてしまった。
- 高校生バンドみたいなノリで始まってほしいポッドキャストが流行ってきているので、 **クラスの面白いやつと「実は俺も面白いんだよ」と、 昔で言えば「芸人一緒にやらへん?」というノリで、 「ポッドキャスト一緒にやろうぜ」というのが起きているとしたら、 それはめちゃくちゃバンドで、そう
- 疎の街番組のオンラインコミュニティ。
- 本当の無駄「無駄がいい」という話は、すぐ大落ちしがちだと荘子itは言う—— **年収数千万の広告系の人が言う「無駄が大事だよね」ではなく、 本当の無駄がやりたい。
- 呼んでいないのに来ないやつに怒る対談の打ち上げのあと、東浩紀のタクシーをみんなで見送って解散した直後、 「**群像編集者と福尾匠は二次会に行っているに違いない。