主体的に疎にしていく
しゅたいてきにそにしていく
一緒に行こうと言われてすっぽかされ、一人で美術館に行くほうがいい。
番組より
僕が疎にしてるわけ。そこでさ、来いよって約束したんだから来いよって怒っちゃったら疎にならないわけじゃん。
そのなんか疎にしていくっていう、主体的に疎にしていくムーブも結構大事みたいな感じはあるけどね。
この項目について
イベントに誘われて行ったら誘った本人が来ず、 ハリボテの偽物の夕日を一人で見ることになる—— そんなに寂しかったことがあまりないぞ、というくらいの寂しさ。 だがそれは、自分が疎にしているのだ、と福尾は言う—— 「来いよ、約束したんだから来いよ」と怒ってしまったら、疎にならない。 そういう人もいる。 主体的に疎にしていくムーブが、結構大事。 荘子itは「疎密の判定は受け取る側にあるという話だったけれど、 受け手が本気で疎にしていく、頑張らなくてもそれが心地よいという感性を 育んでもらうことが、その啓蒙なわけだ」と受ける。 奇奇怪怪では「行かない側が疎か密か」が話されていたが、 福尾は「呼ばれなかった僕の側が疎か密か」のほうが大事だと言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- ブームはハイプであるポッドキャストブームと呼ばれるものがあるらしい、というところからポッドキャストサミットというイベントが立ち上がっている。
- アートウォッシュされた街福尾が住む黄金町は、その典型だと言う。
- 20年前の東浩紀として振る舞わされる対談後のツイートの「20年後の君に期待している」について。
- 虚構を現実化したい派と現実を虚構化したい派荘子itによる、めちゃくちゃ雑な分け方。
- ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分**寂しさというものに向き合う時間が、今どんどんなくなっている。
- 許可された途端に疎がなくなる**「ここに彫刻を置けるぞ」という発見と、 あとから来た我々がその彫刻を発見すること—— その連鎖のあり方が疎。
- あえて性を脱色する90年代の美学で言えば、それは 「透かし」「外し」 として言われていたもの。
- 週1回スナップされる服番組が3か月前からビデオありになって、 **週1回、私服を見せるという形式になった。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 口が先に動くTaiTanに番組を褒められたとき、 **お礼ではなく「福尾がポストポストアポカリプスと言っていたのを 微妙だと思って『しっぽ』にした」という説明を早口でしてしまい、 「手柄を全部横取りしようとしている」ように見えてしまった。
- 高校生バンドみたいなノリで始まってほしいポッドキャストが流行ってきているので、 **クラスの面白いやつと「実は俺も面白いんだよ」と、 昔で言えば「芸人一緒にやらへん?」というノリで、 「ポッドキャスト一緒にやろうぜ」というのが起きているとしたら、 それはめちゃくちゃバンドで、そう
- 疎の街番組のオンラインコミュニティ。
- 本当の無駄「無駄がいい」という話は、すぐ大落ちしがちだと荘子itは言う—— **年収数千万の広告系の人が言う「無駄が大事だよね」ではなく、 本当の無駄がやりたい。
- 呼んでいないのに来ないやつに怒る対談の打ち上げのあと、東浩紀のタクシーをみんなで見送って解散した直後、 「**群像編集者と福尾匠は二次会に行っているに違いない。