ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分
ちょっとつついたらないちゃいそうなじぶん
**寂しさというものに向き合う時間が、今どんどんなくなっている。
番組より
自分の心の中に常にいる、ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分みたいなものって、みんな誰しもいると思うんだよね。
それが一瞬風に晒される瞬間があるっていうか、そのヒリヒリ感みたいなもの。
この項目について
** 建蔽率——建物と敷地の間の空間がどんどんなくなっていくのと同じように。 自分の心の中の30%くらいを占めているはずの寂しさを、 みんなどんどん覆い隠している。 でも「ちょっとつついたら泣いちゃいそうな自分」というのは、 誰しもの中にいると思う。それが一瞬、風に晒される瞬間がある—— そのヒリヒリ感。 すっぽかされて一人でハリボテの偽物の夕日を見るのは、 「子供のとき、お母さんがなかなか帰ってこない」という記憶に アクセスしてしまうくらいの、ダイレクトな寂しさ。 そういう裸の寂しさは、いいと思う—— 今は人々がそういう感情にほぼならない、スマホがあるから、と続く。
この項目が出てくる回
関連項目
- ブームはハイプであるポッドキャストブームと呼ばれるものがあるらしい、というところからポッドキャストサミットというイベントが立ち上がっている。
- アートウォッシュされた街福尾が住む黄金町は、その典型だと言う。
- 20年前の東浩紀として振る舞わされる対談後のツイートの「20年後の君に期待している」について。
- 虚構を現実化したい派と現実を虚構化したい派荘子itによる、めちゃくちゃ雑な分け方。
- 主体的に疎にしていく一緒に行こうと言われてすっぽかされ、一人で美術館に行くほうがいい。
- 許可された途端に疎がなくなる**「ここに彫刻を置けるぞ」という発見と、 あとから来た我々がその彫刻を発見すること—— その連鎖のあり方が疎。
- あえて性を脱色する90年代の美学で言えば、それは 「透かし」「外し」 として言われていたもの。
- 週1回スナップされる服番組が3か月前からビデオありになって、 **週1回、私服を見せるという形式になった。
となりで喋られていたこと
この項目に言及している項目
- 口が先に動くTaiTanに番組を褒められたとき、 **お礼ではなく「福尾がポストポストアポカリプスと言っていたのを 微妙だと思って『しっぽ』にした」という説明を早口でしてしまい、 「手柄を全部横取りしようとしている」ように見えてしまった。
- 高校生バンドみたいなノリで始まってほしいポッドキャストが流行ってきているので、 **クラスの面白いやつと「実は俺も面白いんだよ」と、 昔で言えば「芸人一緒にやらへん?」というノリで、 「ポッドキャスト一緒にやろうぜ」というのが起きているとしたら、 それはめちゃくちゃバンドで、そう
- 疎の街番組のオンラインコミュニティ。
- 本当の無駄「無駄がいい」という話は、すぐ大落ちしがちだと荘子itは言う—— **年収数千万の広告系の人が言う「無駄が大事だよね」ではなく、 本当の無駄がやりたい。
- 呼んでいないのに来ないやつに怒る対談の打ち上げのあと、東浩紀のタクシーをみんなで見送って解散した直後、 「**群像編集者と福尾匠は二次会に行っているに違いない。