菊地成孔音楽家・文筆家
きくちなるよし
Dos Monosの1stアルバムの際に、荘子itの名前にひもづけて「コーシット」と逆襲名した。
荘子itにとって東浩紀に対応する「上の世代の一個の存在」。 ティポグラフィカからDCPRGへの移行を「踊れるようにパッケージングする」と説明する その図式性を荘子itは高く買いつつ、自分がやりたいこととは違うと言う。
2026年2月2日の回
コロンボ本。作品の内在的な分析もしつつ、周辺事情からもバンバン詰めていく。 福尾は「あれはキモいっていうか、ある種の極地でしょ」と言い、 荘子itは「本当に襟を正さねば」と応じる。 読みやすさや分かりやすさというスケールの話にとどまっていたら 本当につまらないことになる、という話につながる。
この項目が出てくる回
関連項目
- 千葉雅也『非美学』の紀伊國屋じんぶん大賞受賞記念トークイベントで福尾と対談し、 その終演後に荘子itと福尾が初めて対面した。
- ガチャガチャ感こそがリアルリアルなものは透明でシンプルなフォーマットに収まると思われがちだが、 むしろバラバラでまとまりがないことのほうがリアルだという逆説。
- 職業としての嘘哲学者もアーティストも「ほぼ嘘つき」に近い職業である。
- 5センチ浮いてしまう最初から高みにあるものを地上から仰ぎ見るのではなく、 同じ目線で読み進め聴き進めていたら、いつのまにか5センチほど宙に浮いてしまっている。
- 構造は後からついてくるコード理論やポリリズムの構造から曲を作るのではなく、 まだ分析の言葉がついていない現象から食らった体験をそのまま作品にする。
- わけのわからなさ複雑さや高度さのことではない。
- ドブ板選挙トークイベントで数十人を相手に話し、サイン会で一人ひとりと2、3分雑談する。
- ポストポストアポカリプス番組名の候補として挙がった福尾の言葉。