カニバイシュ映画
かにばいしゅ
たまにしか映画館に行けない夫婦でのタイミングに、 荘子itが選んで一緒に見た映画。
番組より
カニバイシュって映画が、めっちゃ変な映画でずっとオペラで歌ってんのよ。普通の会話シーンとかもずっと高らかに歌い上げてて。
この項目について
普通の会話シーンもずっとオペラで高らかに歌い上げていて、 最後はとんでもない変な感じになって終わる超キテレツな映画。 「これマジ変な映画だけど、こんな変な映画だからこそ こういう時に見に行けるのってすごくいいよね」と謎の前置きをして行き、 「本当に変な映画すぎた、こういうものが見たかったわけではなかった」 と言われた。 格調高さと変さが共存しているの実例。 オリヴェイラは106歳まで映画を撮り、2015年に亡くなった。 『アブラハム渓谷』(ボヴァリー夫人の翻案)もめちゃくちゃいい、と勧める。
この項目が出てくる回
関連項目
- 罪の意識と恥の意識をセットで考える罪の意識と恥の意識によって、自分の立ち方が異なる——その視点がすごく面白い、と荘子itは言う。
- コーチングは告白的である寝っ転がってスマホばかり見て、なんなんだお前は、と言うのがコーチングだが、それはやはり告白的だ、と福尾は言う。
- 必要なものが明確に分かる10年ぶりにギターを引っ張り出したら意外と弾けた、という話から。
- ぼやっとした上手さにハマる必要なものが明確に分かるの裏返しとして福尾が言うこと。
- 覚書は告白の逆フーコー晩年の仕事として福尾が説明する。
- 隙があるからこそ規律を内面化するパノプティコンはほとんどミームになっていて、 一部の隙もない監視の網の目という意味で使われがちだが、 フーコーのテキストを読んで面白いのは逆だ、と福尾は言う。
- 1984年は日記の本当のヤバさに届いていないオーウェル『1984年』では**日記を書くことが禁止されている。
- むしろ自己拘束を求める学校の授業で何をしてもよかったからこそ、 むしろバンドをやりたくなったのではないか、と荘子itは言う。