一昨日も一回撮った
おとといもいっかいとった
この回は撮り直し。
番組より
60点70点だったなみたいなものを細かく直していくことによって点数を上げていくって、かなりむずいよね。
この項目について
福尾の誕生日である6月4日に一度撮り切ったのだが、アイドリングしている間に1時間半経ってガス欠してしまった。「修正するというよりやり直すしかない」——福尾は文章でも、細かく直すより途中まで書いて全捨てすることの方がずっと多い。60点70点のものを細かく直して点数を上げるのはかなり難しい。荘子itによれば音楽は逆で、レイヤーで作るぶん蓄積していくことの方が多い。なお撮り切った方の回は没になり、その日は結局みんなでフォー屋に行ってブンを食べただけだった。
この項目が出てくる回
関連項目
- しないこともできる状態にいられるのが能力『置き配的』の原型になった文章で、隠喩と換喩の話をずっとしたあと、いろいろすっ飛ばして出てくる話。
- 存在より前に政治があるドゥルーズを語っていて出てくる一句。
- 批評は社会保障のようなもの東浩紀がインタビューで「批評とは何か」と訊かれて、社会保障みたいなものだと答えていたのが良かった、と荘子itは言う。
- 5年前のことも考古学ができるなぜ歴史学ではなく考古学と言うのか。
- ほっとくとこうなる収録前に、荘子itが2019年の『文芸』冬号に書いた文章が発掘された。
- 最後の平和ボケ2019年と2020年でトーンが変わった、という話。
- 上半身と下半身で別のゲームを同時にやる『群像』での東浩紀との対談を振り返って。
- 情報量としてはゼロなのに何かを言ったことになる存在より前に政治があるの実例として、福尾が高市早苗の国会答弁を挙げる。