5年前のことも考古学ができる
ごねんまえのこともこうこがくができる
なぜ歴史学ではなく考古学と言うのか。
番組より
歴史って言うと連続性が前に出てるけど、考古学って言うと不連続性が前に出てるみたいな。ざっくり言うとその違いなんだけど、5年前のことも考古学ができるっていう。
この項目について
タイムスケールで見れば近過去なのだが、そこにめちゃくちゃでかい断絶があるから、それはもはや考古学なのだ。歴史というと連続性が前に出るが、考古学というと不連続性が前に出る。ざっくり言えばその違いで、だから5年前のことでも考古学ができる。
この項目が出てくる回
関連項目
- しないこともできる状態にいられるのが能力『置き配的』の原型になった文章で、隠喩と換喩の話をずっとしたあと、いろいろすっ飛ばして出てくる話。
- 存在より前に政治があるドゥルーズを語っていて出てくる一句。
- 批評は社会保障のようなもの東浩紀がインタビューで「批評とは何か」と訊かれて、社会保障みたいなものだと答えていたのが良かった、と荘子itは言う。
- ほっとくとこうなる収録前に、荘子itが2019年の『文芸』冬号に書いた文章が発掘された。
- 最後の平和ボケ2019年と2020年でトーンが変わった、という話。
- 上半身と下半身で別のゲームを同時にやる『群像』での東浩紀との対談を振り返って。
- 情報量としてはゼロなのに何かを言ったことになる存在より前に政治があるの実例として、福尾が高市早苗の国会答弁を挙げる。
- マジョリティをどう定義するかのフレームを作る速水健朗との対談から、福尾が引き出した論点。