情報量としてはゼロなのに何かを言ったことになる
じょうほうりょうとしてはぜろなのになにかをいったことになる
存在より前に政治があるの実例として、福尾が高市早苗の国会答弁を挙げる。
番組より
だからAIとかに判断させたら情報量としてはゼロだよね。なんだけどそれが何かも言ったってことになる、存在を主張し始める感じだね。
この項目について
野党を中傷する動画を陣営が作ったのではないかと追及されて、最初は「有料なので見れません」と言い、次の週には「私は見ました、でも有料のものを勝手に共有するのは良くないと思ったので秘書本人には見せていません」と言った。紙の雑誌も新聞も有料なのに、なぜネットコンテンツだけそんな仕切りが可能ということになっているのか。言い訳と言い訳の論理的接続のために「有料」が偽のキーワードとして置かれていて、AIに判断させたら情報量としてはゼロなのに、それが何かを言ったことになる。福尾は同じものを、安倍首相の小さい布マスクや小池百合子の「密です」にも見ている。
この項目が出てくる回
関連項目
- しないこともできる状態にいられるのが能力『置き配的』の原型になった文章で、隠喩と換喩の話をずっとしたあと、いろいろすっ飛ばして出てくる話。
- 存在より前に政治があるドゥルーズを語っていて出てくる一句。
- 批評は社会保障のようなもの東浩紀がインタビューで「批評とは何か」と訊かれて、社会保障みたいなものだと答えていたのが良かった、と荘子itは言う。
- 5年前のことも考古学ができるなぜ歴史学ではなく考古学と言うのか。
- ほっとくとこうなる収録前に、荘子itが2019年の『文芸』冬号に書いた文章が発掘された。
- 最後の平和ボケ2019年と2020年でトーンが変わった、という話。
- 上半身と下半身で別のゲームを同時にやる『群像』での東浩紀との対談を振り返って。
- マジョリティをどう定義するかのフレームを作る速水健朗との対談から、福尾が引き出した論点。