ほっとくとこうなる
ほっとくとこうなる
収録前に、荘子itが2019年の『文芸』冬号に書いた文章が発掘された。
番組より
いやマジで自然状態感あるよ。ほっとくとこうなるって。
この項目について
『Dos City』でデビューして最初のリリースライブに『文芸』編集長が来て「小説書きましょうよ」となり、書いて、それっきりになった文章。福尾はそれを「すごい自然状態」「ほっとくとこうなる」と評する。荘子itのほうは読み返すのが恥ずかしいと言いながら、その場でこれが一番今の俺の感じなんや、というのだけは正直に書いていた、と振り返る。一回でも出しておくのは大事。同じ号には福尾が江川隆男『すべてはつねに別のものである』の書評を書いていて、シットとシッポのエピソードゼロがすでにそこで行われていた。
この項目が出てくる回
関連項目
- しないこともできる状態にいられるのが能力『置き配的』の原型になった文章で、隠喩と換喩の話をずっとしたあと、いろいろすっ飛ばして出てくる話。
- 存在より前に政治があるドゥルーズを語っていて出てくる一句。
- 批評は社会保障のようなもの東浩紀がインタビューで「批評とは何か」と訊かれて、社会保障みたいなものだと答えていたのが良かった、と荘子itは言う。
- 5年前のことも考古学ができるなぜ歴史学ではなく考古学と言うのか。
- 最後の平和ボケ2019年と2020年でトーンが変わった、という話。
- 上半身と下半身で別のゲームを同時にやる『群像』での東浩紀との対談を振り返って。
- 情報量としてはゼロなのに何かを言ったことになる存在より前に政治があるの実例として、福尾が高市早苗の国会答弁を挙げる。
- マジョリティをどう定義するかのフレームを作る速水健朗との対談から、福尾が引き出した論点。