中1の日誌を10日間書かされた
ちゅういちのにっしをとおかかんかかされた
母校の恩師に招かれて訪ねたとき、当時の通信簿と日誌を見せられた話。
学級日誌は本来クラスで1日ずつ回すものなのに、なぜか荘子itともう一人だけが10日間連続で書かされていた。義務ではなく罰だったらしい。当然ネタは尽き、「兄のMDコンポで音楽を聴いています、音楽を聴くのが好きです」ばかり書いている。文体もやる気がなく、「とにかく文量を稼ぐための文体」がその時点で編み出されていた——蓮實重彦に出会うより前から、マス目を早く埋めるためだけに語を連ねていた。校長のコメントが赤字で入っていて「何かに打ち込むのはいいですね、その調子で勉学にも励んでください」「楽器をやるのもいいですね」と書いてある。実際その1、2年後にギターを始めている。
この項目が出てくる回
関連項目
- 不合理なものの保存ボクシングは二人でお互いの頭部を殴り合うという、客観的に見れば完全に不合理な競技で、その危険さ自体が競技の価値にもなってきた。
- 非社会的なものがないと社会はダメになるいま誰もが人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まって出口がなくなるに決まっている。
- 痛がゆいコミュニケーション言っちゃいけないことを言ってしまう、というタイプのコミュニケーション。
- 日記のリアリティライン日記はプライベート、エッセイや評論はパブリック、と大雑把に分けられそうだが、日記にも公共性と私秘性の両方がある。
- 著者を喜ばせるための引用ではない「引用リポストを使っていいのか迷っている」というリスナーの質問への答え。
- 自分が何に引っかかるか「表現を仕事にするなかで、政治について知らねばならない・語れるようにならなければならないという焦りや義務感を感じるタイミングはありますか」というリスナーの質問への答え。
- プライベートとパブリックは簡単に線引きできない日記はプライベートな文章、エッセイや小説や評論はパブリックな文章、と大雑把には分けられる。
- 美談としてパッケージングしてしまう村社会ボクシングの死亡事故は、今回の2件の前にも起きていた——減量がきつすぎて試合に穴をあけてしまうことに絶望して自ら命を絶った選手もいた。