美談としてパッケージングしてしまう村社会
びだんとしてぱっけーじんぐしてしまうむらしゃかい
ボクシングの死亡事故は、今回の2件の前にも起きていた——減量がきつすぎて試合に穴をあけてしまうことに絶望して自ら命を絶った選手もいた。
番組より
あまつさえ亡くなった方の試合を年間の最高試合にしたりとか、すごくいい試合だった、でも亡くなってしまった、みたいな、すごく美談としてパッケージングしちゃったりとかしてて。
この項目について
それでも議論にならなかったのは、ボクシングが村社会的な側面が強く、あまつさえ亡くなった方の試合を年間最高試合にしたり、「すごくいい試合だった、でも亡くなってしまった」と美談としてパッケージングしてしまうからだ、と福尾。その態度を批判する人は今までほとんどいなかった。今回の事故で論調も変わっていくだろう、と。荘子itは「村社会だったのが公に晒されて変わっていく」と受ける。
この項目が出てくる回
関連項目
- 不合理なものの保存ボクシングは二人でお互いの頭部を殴り合うという、客観的に見れば完全に不合理な競技で、その危険さ自体が競技の価値にもなってきた。
- 非社会的なものがないと社会はダメになるいま誰もが人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まって出口がなくなるに決まっている。
- 痛がゆいコミュニケーション言っちゃいけないことを言ってしまう、というタイプのコミュニケーション。
- 日記のリアリティライン日記はプライベート、エッセイや評論はパブリック、と大雑把に分けられそうだが、日記にも公共性と私秘性の両方がある。
- 著者を喜ばせるための引用ではない「引用リポストを使っていいのか迷っている」というリスナーの質問への答え。
- 自分が何に引っかかるか「表現を仕事にするなかで、政治について知らねばならない・語れるようにならなければならないという焦りや義務感を感じるタイミングはありますか」というリスナーの質問への答え。
- プライベートとパブリックは簡単に線引きできない日記はプライベートな文章、エッセイや小説や評論はパブリックな文章、と大雑把には分けられる。
- 脳の水分量は1日では戻らないボクシングの危険をめぐる具体的な議論のひとつ。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- 小説を書いていても小説は良くならないuaaai・「嫌いなものは」と訊かれて福尾が挙げたのが小説家だった。
- 本当にいいものを知っている俺が一番つまらないuaaai・**ちょっと売れている人やメジャーっぽい人への嫉妬はあるし、 「なんであんな軽薄な奴らが」と思ったりもする。
- イン・ザ・メガチャーチaaai・推しのアイドルが自殺してから陰謀論にはまっていく人物、洋楽担当だった元レコード会社の父、その父の期待に応えて海外志向のキャラを演じてきた娘——3人が全員、宗教的な熱狂を一歩外から見ているのに、それぞれ「視野狭窄だと分かっていても、これをやる
- 黄色いママチャリaaai・フィールドを駆け回るダービッツを思い出す、という話に続けて。
この項目に言及している項目
- あしたのジョー荘子itが人生でほぼ最初に読んだ漫画。
- お蔵入り回この回は2回目の撮り直し。
- 県大会優勝者が校長室に呼ばれた図Dos Monosと伊藤潤二の対談動画について、福尾が言ったこと。
- 攻玉社荘子itの母校。
- 男子校っぽいフォーメーション伊藤潤二との対談動画を見た福尾の感想。
- 中1の日誌を10日間書かされた母校の恩師に招かれて訪ねたとき、当時の通信簿と日誌を見せられた話。
- 中学生が非美学を読んだ京都でのトークイベントに、『非美学』を読みましたという中学生が母親と一緒に来てくれた。
- Travis Scottライブで死者が出てバッシングを受けた。
- 人間の話と社会の話ばかりしていると社会がダメになる出口のない話が続いたところで福尾が言う——今はみんな人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まるに決まっているし出口がなくなるに決まっている。
- 水出しコーヒーは思想が嫌だ二人ともセブンカフェの「選べる産地ブレンド」でキリマンジャロを選ぶ。