アウトプットまで連れていく
あうとぷっとまでつれていく
非常勤の授業は200人規模で、単位のためだけに受けている人が多い。
番組より
僕はもう全然興味ない人がわーっと集まってる状態の方が、むしろやる気出るっていうか。
単純に行為させるっていうか、それこそアウトプットに行くっていうところまで連れてくっていう、それができるのが一番嬉しい。
この項目について
それを嫌がってわざと成績を厳しくし、やる気のある学生しか来られないように設計する教員もいるが、福尾は逆で、全然興味のない人がわーっと集まっている状態のほうがむしろやる気が出る。高校時代に野球部の寮長だった理系の学生が「日記を書き始めることにしました」と感想に書いてきて、はっと気づいたのは、日記を書きしたためることをめっちゃフェミニンなことだと思っている人がいるということだった。授業の内容が細かく伝わったかどうかより、単純に行為させる、アウトプットに行くところまで連れていくことができるのが一番嬉しい。100人規模で自分を全く知らない、哲学に興味もない人たちに半年喋り続ける場は、全くお金にならない非常勤にしかない。
この項目が出てくる回
関連項目
- それぞれに知性があって上下の差はないユートピア的に聞こえるかもしれないけれど、と断って荘子itが言う。
- 頭の中だけで完結させない普通に考える、会議をする、というのとは全然別の仕方で生物は存在できる——クラゲや微生物は、思うとかではない形で生きている、と荘子itは言う。
- リレーされることまで含めて芸術社会的な意味の全くないものにすごくこだわりを持って、そこの差異を美的に判断できるようになっている——それが結構人間の、というところから。
- ツイッターではありえない景色2025年7月の参院選の夜、東浩紀は9時間の選挙特番をやった。
- 組織を作ることも考えることのうち東浩紀の近年の仕事のうち福尾が一番好きなのは『ゲンロン戦記』だという。
- その場にチューンナップされて発話される東浩紀の一人語りは、言っていること自体はいつも素晴らしいけれど、毎回同じことを言っているとも思うので最近は見ていなかった、と荘子it。
- 戦争に参加した哲学者は戦争を論じない人はやばい状況になったり危機に陥ったときにしか思考していない、という話から、福尾が小泉義之『兵士デカルト』を引く。
- 理論はインプットとアウトプットのブリッジ前回の「批評とは何か」の続きとして、昨日の日記にたった今書いたばかりの話、と福尾が持ち出す。