ホモソのノリに乗らない人がいると密に反転する
ほもそののりにのらないひとがいるとみつにはんてんする
なぜ自分がある種の人にはめっちゃ密に感じられるのか、と福尾が自己分析する。
番組より
批評ってでもそもそもホモソだから、ホモソ空間のやつにそういうやつが一人いるとめっちゃ異質なんだよね、それだけで。
でもそれによって、なんやこいつみたいな圧を感じて、密に反転しちゃうみたいな現象が発生する感じはめっちゃわかる。
この項目について
先輩後輩、「おい飲みに行くぞ」、「お前なんかあれやな」といじる——そういうホモソ的なコミュニケーションに、相手が年下でも年上でも、やる側としてもやられる側としても乗らない。批評はそもそもホモソだから、ホモソ空間にそういう人が一人いるとそれだけで異質で、半分わざとやっているところもあるのだけれど、「なんやこいつ」という圧を感じさせて密に反転してしまう現象が起こる。飲み会でめっちゃ喋ってしまうのも、多分空白が怖くなるから。
この項目が出てくる回
関連項目
- 疎だと思えば疎、密だと思えば密疎密は物そのものの性質ではない。
- だから疎という概念を作った受け取る側が密だと思ったら、もうそれは密なのだ——先週のレディオヘッド性の話と同じで、そこは動かせない。
- 疎密と疎密の対比これを言い始めるとややこしくなるので今まで言わないようにしていた、と福尾が前置きして出す話。
- 意味自体がまだスカスカXでいろんな人が何かの感想にかこつけて「疎」という概念を使いはじめている。
- 日記的か自伝的か疎密とは別に、もう一つ立てている軸。
- 世の中が密だと疎なものも密になるだから、ただ疎なことをやっていればいいということでもない。
- スパーシティ「疎」は英語にも輸入されてほしい、という話から。
- 疎という言葉自体がまだスカスカXでいろんな人が何かの感想にかこつけて「疎」という概念を使い始めている——誰も隅々まで正確に理解しているわけではない(福尾も含めて)のに多発的に応答されて、言葉ってこうやって命が吹き込まれていくんだ、と荘子it。