スパーシティ
すぱーしてぃ
「疎」は英語にも輸入されてほしい、という話から。
番組より
でもクワイエットラグジュアリーっていうより、なんかスパーシティって言った方が嬉しくないかみたいな。
この項目について
寿司やそばのようにそのまま輸出しなくても、スパース/スパーシティという語なら英訳されて意味に還元されてもなお洗練された感じが失われない——それはすごく稀有なケースだ、と福尾。いまファッションではロゴを大きく出すバレンシアガ的なものからクワイエットラグジュアリー——無名性の、ただの真っ黒のポロシャツとジーパンなのに30万円する——へ移りつつあるが、クワイエットラグジュアリーと言うより、スパーシティと言った方が嬉しくないか。荘子itは、クワイエットラグジュアリーは言い方自体がゴテゴテしていて疎でスパーシティな見た目が変な形で言語化された感じがするけれど、スパーシティは一言で言い切るからスマートで、対象のスマートさにも似ている、と応じる。
この項目が出てくる回
関連項目
- 疎だと思えば疎、密だと思えば密疎密は物そのものの性質ではない。
- だから疎という概念を作った受け取る側が密だと思ったら、もうそれは密なのだ——先週のレディオヘッド性の話と同じで、そこは動かせない。
- 疎密と疎密の対比これを言い始めるとややこしくなるので今まで言わないようにしていた、と福尾が前置きして出す話。
- 意味自体がまだスカスカXでいろんな人が何かの感想にかこつけて「疎」という概念を使いはじめている。
- 日記的か自伝的か疎密とは別に、もう一つ立てている軸。
- 世の中が密だと疎なものも密になるだから、ただ疎なことをやっていればいいということでもない。
- 疎という言葉自体がまだスカスカXでいろんな人が何かの感想にかこつけて「疎」という概念を使い始めている——誰も隅々まで正確に理解しているわけではない(福尾も含めて)のに多発的に応答されて、言葉ってこうやって命が吹き込まれていくんだ、と荘子it。
- 疎密は物の性質ではなく視点疎密はミニマリズムとマキシマリズムに対応するわけではない。