世界は病院である
せかいはびょういんである
鈴木忠志の演出の特徴は車椅子演劇で、役者がみんな車椅子で移動する。
番組より
コンセプトとして鈴木忠志が世界は病院であるみたいな、全てがなんか人間全て精神病で、この世界っていうのも精神病棟みたいなものだという見立てで演劇を成立させてるわけで。
この項目について
アクロバティックで雑技団的でもあるのだが、絵的な面白さだけが理由ではない。世界は病院である——人間はすべて精神病で、この世界も精神病棟のようなものだ、という見立てで演劇が成立している。『世界の果てからこんにちは』では、戦後日本の老人ホームと所長のやり取りが断片的に描かれる。今日の献立がどうだったとか、所長だけいいものを食べているとか、アメリカではこうなのに日本ではこうだとか、コミカルなやり取りの要所要所に戦後日本人の精神性が垣間見え、靖国史観のようなものを滔々と語り出す人物も出てくる。荘子itはその手触りをアレクセイ・ゲルマンの映画に喩える——物語として一貫していなくても、何を書こうとしているかは分かる。
この項目が出てくる回
関連項目
- 立ち上げ恐怖症福尾が自分の症状として言い出す。
- 行くまでの道中も含めて鈴木忠志の演劇を利賀村まで見に行くことについて。
- 知っている人間がこんなふうに見える大学1年生のとき、TaiTanたちが劇団の1年生公演をやったのを見て、涙が止まらなかったという話。
- 3割打者と2割5分打者福尾が最近落ち着くのは、自分に全然関係ない世界のことを解説しているYouTubeだという。
- 知らないことがいいことでも悪いことでもない状態靖国の話をしたり日本の話をしたりしていて、「大事だと思って喋っているんだけど、本当かな」とふと思ってしまう、と福尾。
- 淡々と人が喋っているのを聞いていたいコテンラジオやゆる言語学ラジオのような教養コンテンツが来ているのは、教養の復権という話ではなく、ある程度長い、変な高低のないコミュニケーションをずっと聞いていられるということでしかない気がする、と福尾。
- 遡って見つけたものを起源として祀らない日本的なものを求めて考え抜いた末に、素朴に右派的な結論に行ってしまう——中島岳志の縄文の本も、國分功一郎の『原子力の哲学』も、その解毒作用の本として読める、と荘子it。
- 鬼滅の刃とシャーマンキングの違い『鬼滅の刃』は、古き良き日本的なものと近代化・個人主義の波が同時に来ている大正時代を舞台にしていて、鬼舞辻無惨たち鬼は西洋風の格好をした不老不死=個人主義の極北、炭治郎たちは仲間や家族のために戦うというイデオロギー闘争として読める。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 靴ひもにGショック近所を散歩していたら、前をものすごく腰の曲がったおじいさんが歩いていた。
- 区民ホールの子供向けの舞台王様の耳はロバの耳、星の王子さま。
- 純子ネバーダイ荘子itの妻が担当編集をしている漫画家・地球のお魚ぽんちゃんがネットに出した40ページほどの短編。
- 世界の果てからこんにちは鈴木忠志が率いるSCOTが、富山の利賀村で毎年やっている演劇祭のメインの野外劇。
- 八月の光どうしても入ってこなくて途中でやめていたが、読み直したらとんでもないと思った。
- 前からも後ろからも読める絵本荘子itが覚えている絵本に、右から読むと青鬼の視点、左から読むと赤鬼の視点という、戦争をモチーフにした作りのものがあった。
- ランダムに日記に飛ぶボタン3年分の日記を丸ごと一冊にする本の企画が動き出した。