八月の光書籍
はちがつのひかり
福尾が読破して絶賛。
500ページのあいだずっと「真ん中から始める」ことが繰り返される。 名作とされるものは『戦争と平和』のように綺麗な大団円かと思いきや、 実際に読むとまったく印象が違う。
2025年10月27日の回
福尾が繰り返し戻ってくる小説。この回では「今思えばパラサイトものだ」として、 『ミゼリコルディア』と並べて語られる。 白人の未亡人の館の裏の小屋に主人公が住み着き、最終的に彼女を殺す。 その未亡人は北部から来て南部で黒人を支援していた人物で、 当時それは白い目で見られていた。 「葉っぱの影が白いシャツの上を流れた」という一行の描写が挙げられる。
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関連項目
- 白昼夢感『旅と日々』『海辺へ行く道』『ミゼリコルディア』のような、 フィクションでもドキュメンタリーでもない淡いのものを、つい「夢みたい」と言ってしまう。
- 映画に一番似ているのは映画館を出た後の雨ドゥルーズ『シネマ』の議論。
- 真ん中から始めるフォークナー『八月の光』を読んだ福尾の見立て。
- 物語だけがドライブしていない状態物語が大事なのではない、と言い切って本当に物語を退けると、それはそれで面白くない。
- 努力に対して報酬があると理解させる福尾のエッセイ講座のレジュメにあった原則。
- 解放される対象であることを拒否する荘子itは「ヒロインと恋愛関係にならずに、彼女を負のループから解放する」 タイプの話がすごく好きだ。
- 括弧つきの男の子っぽさ『8番出口』を絶賛したが、あれもいくらでも批判の余地がある、と荘子itは言う。
- William Faulkner『八月の光』を福尾が読破した。