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遡って見つけたものを起源として祀らない

さかのぼってみつけたものをきげんとしてまつらない

日本的なものを求めて考え抜いた末に、素朴に右派的な結論に行ってしまう——中島岳志の縄文の本も、國分功一郎の『原子力の哲学』も、その解毒作用の本として読める、と荘子it。

初出
立ち上げ恐怖症(2025年9月22日)

番組より

これがあるのは事実です、その事実より先のことは私は語りませんっていう、すごくめっちゃ禁欲的な態度を貫いた人だと思うんだけど。

でもその遡って見つけたものをすごい特権的な何か起源として崇め立て祀って、それをある種社会を統べる構造として採用するみたいなことは、別にやらなくてもいい。

この項目について

ハイデガーが典型で、めっちゃ遡ることによって今の自分の実存を安定させるという型がある。福尾はそこにジョルジュ・デュメジルを置く。レヴィ=ストロースやユングが無意識の構造を人類普遍のものとして考えたのに対し、デュメジルはインド・ヨーロッパ語族という限定された文明圏の中にはこういう構造があります、それがあるのは事実です、その事実より先のことは私は語りませんという禁欲的な態度を貫いた。めっちゃ遡るのだけれど、遡って見つけたものを特権的な起源として崇め祀り、社会を統べる構造として採用することはしなくていい。福尾はそれを、シャーマンキング的な「いろんなものが勝手にバラバラある」状態と繋げる。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

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