嫌なものに名前をつけるのは得意
いやなものになまえをつけるのはとくい
自分が嫌なものに名前をつけるのはすごく得意だ、と福尾は言う。
番組より
自分が嫌なものに名前をつけるのはすごい得意っていう感じがしてて。
でもそこからの出口が結局日記とかなんだとしたら、それめっちゃミニマルすぎんみたいな風にも思う。
この項目について
置き配的—— あらゆるコミュニケーションが「言ったことにする」になり、 メタデータとして「あなたはこれを言いましたね」を互いに確定し合う。 言葉そのものの内容ではなく、 その言葉をどの箱に入れるかをお互いが争い合っている。 問題はそこからの出口で、それが日記なのだとしたら、ミニマルすぎないか。 福嶋亮大にも言われたことだが、 自分がポジティブな可能性を見出しているものが、 めっちゃ実存的でミニマルなものに見えてしまう。 本当はそうではないと思っているが、 一般的に見れば日記はミニマルなものだと片付けられてもしょうがない—— そこに自分でももどかしさを感じている。
この項目が出てくる回
関連項目
- チルよりダル確固たるものではなく、バイブスや空気感を伝える単語ひとつでもいい——この番組でたまに言っている「チルよりダル」のようなものは必要だ、と荘子itは言う。
- 託してしまうことの暴力性大谷翔平や羽生結弦のようなスポーツ選手は、何かを託される人である。
- イベントレスネス日記が試されるのは、何もなかった日だ、と福尾は言う。
- 面白かった/つまらなかったと別の次元家族で話題の映画を見に行って、つまらないと思ってしまったときのこと。
- すごそうなオーラだけをまとうことに成功しているすごそうなオーラを出している——それは確かにそうで、 そのオーラだけをまとうことに成功している映画だから、 それがすごいのかもしれない、と荘子itは言う。
- 現実のほうが強いことが暴かれる『シグルイ』の終わり方について。
- 世界のほうがそうなっているのではないか現実のほうが強いことが暴かれる作品のほうが上だ、 という話で終わらせずに荘子itが続けること。
- クイックな効果とズシーンと来るもの話題作を見てよかったと思った人の行動がどう変わるかを考えると、 **「確かに中途半端にやっていたかも、明日から真面目に頑張ろう」—— 本当に自己啓発的な効果を生む可能性が高い。