パーソナリティが芸術である
ぱーそなりてぃがげいじゅつである
ポッドキャストは作品なのか、喋っている人はクリエイターなのか、という線引きの話から。
番組より
ライフログ的な文脈で言うと、まさにパーソナリティが芸術であるっていう世界観のわけだから。クリエイトというより結果論として作品になってる。
この項目について
ライフログ的な文脈で言えば、まさにパーソナリティが芸術であるという世界観になる、と荘子itは言う。クリエイトするというより、結果論として作品になっている。作品を作っているというよりは、パーソナリティが作品になっているに近い。ただし「パーソナリティを売る」というのとは少しだけ違う動きがある。それを指す役職名がまだない——こういう名付けの揺れ自体が揺籃期っぽい、と福尾は言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- とはいえボタン話が一周して落ち着きかけたところで、どちらかが「とはいえ」と言い出してしまう。
- 示すのが批評だ前回の「三宅香帆は批評になっていない」というマジギレの話から。
- 学べ、そして忘れろマイルス・デイヴィスの名言として荘子itが出す。
- 出会った瞬間のひらめきしか保存できない**Tracklib や Splice のような、 何をサンプリングしてもいい合法のサンプリングサイトがある。
- 将来自分の本に入れられる仕事福尾が仕事を選ぶ基準。
- 下心が追いつかなくなる公開する日記はセルフブランディングでもある。
- 日記本が短くて薄い日記ブームに対して福尾が気になっていること—— **世に流通している日記本は、なんか短いし薄い。
- こだわりが重なると対立が鋭くなるSNSの投稿の句点ひとつにも没は本気で切れて取り下げ、再投稿する。
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- イキリじゃなくイキイキ映画を見て 「生きろ」ではなく「生きる」を感じた、 それもひらがなで、と荘子itは言う。
- いちごパンツの本能寺荘子itが物を考えるということの原点として挙げる年号の語呂合わせ。
- エネルギーは発見するもの**エネルギーは、体の中に眠っていても気づけない。
- 描いていないことで本当らしさを出すブラックボックス展以降のホラー作品について。
- 試写でまず誓約書を書かされる内容口外禁止の誓約書を書かされてから見る試写。
- 正気になるのは実利でもある「正気になりましょう」「スケールを追い求めてもしょうがない」—— それは実は、経済的に今そちらのほうがいいんじゃないか、 ということでもある、と福尾は言う。
- 創作は破壊、批評はサルベージ**批評は虚飾を剥がして、それでも大事なところを見つける——サルベージ。
- トーンポリシングは大事「とはいえ」を言うかどうかの手前で、荘子itが問題にすること。
- どっちの陣営にも読まれる『置き配的』が、対極にいるように見える人たちの双方から引用される。
- 補助輪を外す係福尾の厳しさを荘子itが言い当てる。
- まず出会いがあって、それから社会的なものが入ってくる**本当はまず出会いがあって、そこから現実的で社会的ないろいろが入ってくる。
- 無価値な思い上がりに価値があると証明する受注仕事だけをして、それをまとめて作品集として出せばいい—— そういうミュージシャンもいる。