自己開示すればするほど偉い空間
じこかいじすればするほどえらいくうかん
福尾が大学時代、臨床哲学のワークショップ的な授業を何回か受けて 本当に嫌な空間だと毎回思っていた理由。
番組より
あらゆる空間が互助会的なんだよね。自己開示すればするほど偉いみたいな。自分の辛い体験とかを語って、みんながそれを拍手してよく言ったみたいな。
それこそ素じゃないっていうかさ、密な空間で沈黙が意味を持っちゃう空間で、嘘もつくこともできないし。
この項目について
あらゆる空間が互助会的で、自己開示すればするほど偉い。 自分の辛い体験を語って、みんなが「よく言った」と拍手する。 それを車座になって一個一個言っていく。 つまり疎ではない——密な空間で、沈黙が意味を持ってしまう空間。 嘘をつくこともできない。 その当時から、ケア的なものと人文的なものの接続には 分かりやすくアレルギーを持ってしまっている、と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 修行してから世に出ようとするな福尾がフィロシャピーのエッセイ講座でよく言うこと。
- 通念のフィルターに自分を通す変な操作内向的か外向的か、という世に言う通念——常識のようなもの——があって、それに一度自分を通してみて、どちらになるかを見る。
- 質問で最後に大きく転ぶ仕込みかと思うくらい、質問によって話が最後に大きく転んで大テーマにたどり着くことが結構ある。
- 反か脱か非か、その次に異現代思想系の人がよく言うこと——破壊ではなく脱構築だとか、反戦ではなく非戦だとか(それは坂本龍一だが)。
- そこからその結論が出てくるのか福尾が荘子itについて言うこと—— **一個一個の言っていることはすごくよく分かるし共感する部分も多いのに、 次の一歩がどこに行くかが常に分からない。
- 自認は自分にしか分からないはず「自認レゼ」のように、他人の自認を勝手に当て込んで言う—— それは言うまでもなく失礼だし、めっちゃ変な気がする、と福尾は言う。
- ADHDの身体をプレイしている2〜3時間かける詳しい検査を受けて診断が下りている。
- 嫉妬は他人に貼り付けられる私的言語「令和人文主義への批判は結局は嫉妬なのでは」というリスナーの問いに答えて。