パルクール感
ぱるくーるかん
没のソロ作品の、ワンループのサンプリングの上でわさわさラップするだけの曲について。
番組より
本当なんかパルクール感っていうか。
すでにあるものの上で遊ぶっていうのが面白いよね。
この項目について
公共物感がある——本当は公共物でない限りあんなことをやってはいけないのに、 訴えられていないだけでギリギリ成立している。 すでにあるものの上で遊ぶのが面白い。 荘子itは福尾の批評のスタイルも近いと言う—— 言葉は引用しても著作権はないが、音楽は法的に規制されている。 でも本来は「それ面白いやん」という話。
この項目が出てくる回
関連項目
- 罪の意識と恥の意識をセットで考える罪の意識と恥の意識によって、自分の立ち方が異なる——その視点がすごく面白い、と荘子itは言う。
- コーチングは告白的である寝っ転がってスマホばかり見て、なんなんだお前は、と言うのがコーチングだが、それはやはり告白的だ、と福尾は言う。
- 必要なものが明確に分かる10年ぶりにギターを引っ張り出したら意外と弾けた、という話から。
- ぼやっとした上手さにハマる必要なものが明確に分かるの裏返しとして福尾が言うこと。
- 覚書は告白の逆フーコー晩年の仕事として福尾が説明する。
- 隙があるからこそ規律を内面化するパノプティコンはほとんどミームになっていて、 一部の隙もない監視の網の目という意味で使われがちだが、 フーコーのテキストを読んで面白いのは逆だ、と福尾は言う。
- 1984年は日記の本当のヤバさに届いていないオーウェル『1984年』では**日記を書くことが禁止されている。
- むしろ自己拘束を求める学校の授業で何をしてもよかったからこそ、 むしろバンドをやりたくなったのではないか、と荘子itは言う。