松岡正剛編集者
まつおかせいごう
国風文化と中国的な文化が並存しつつ、どちらが優位かが入れ替わりながら歴史が進むという二軸の日本観を持っていた人として名前が挙がる。
番組より
松岡正剛が今生きてたら絶対村田沙耶香とか濱口竜介の話はしてるし、それを楽しんでやってるはずなんだよ。だって松岡正剛の情報の歴史に一応Dos Monosも入ってるからね。
この項目について
2026年9月7日の回
『博覧狂気の怪物誌』に取り上げられている一人。千夜千冊。編集工学研究所。野田努は若き日に夢を見せてもらった側で、その思い出がDOMMUNEの照明の中で浮かび上がってきた。ぐちゃぐちゃのバロックの海のような世界を、「方法」という形で反復可能・交換可能にしていくことに懸けた人——ずっと歪んだ真珠でいるの対極の選択。亡くなってまだ追悼ムードが続いていて、本当の再評価には時間がかかる。今生きていたら絶対に村田沙耶香や濱口竜介の話をして、それを楽しんでやっているはず——『情報の歴史』にはDos Monosも小さく載っている。フレッシュでい続ける、好奇心を持ち続けるというのは本当に難しい。
この項目が出てくる回
関連項目
- 近所福尾がいま書いている本の主題。
- 記と紀古事記の「記」は言偏で、日記の記でもあり、国内向けの物語として書かれた。
- 文化こそが国防軍事力や核による抑止ではなく、リスペクトと愛着があるから揉めたくない、という形で平和が保たれるのが本当は一番いい。
- 引き裂かれている状態から出発する哲学はヨーロッパのもの、ヒップホップはアメリカのもの、というのは前提にしていい。
- 言葉遊びの擁護同音異義や掛け言葉といったポストモダン哲学的なやり口は、いま「上手いこと言ってる感がダサい」という風潮のなかで嫌われつつある。
- 福嶋亮大福尾との対談で「台湾有事が来たら、君らがやってることは何の意味もなくなりますよ、何も残らないですよ」と言った。
- 浜崎洋介荘子itの大学時代の恩師にあたる保守論壇の人。
- 左手のない猿都内に出没した左手を失った猿のニュースをきっかけに書いたエッセイ。