魚豊漫画家
うおと
荘子itが子育てと制作の合間を縫って「二人だけで会って話した」数少ない相手として、 福尾と並んで名前が挙がる。
Dos Monosの前作にLINEで長文の感想を送ってきた。
2025年12月15日の回
『チ。』の作者。イベントで荘子it・福尾と共演した。 アリストテレスの詩学やカントの倫理に依拠するタイプで、 ドゥルーズ/現代思想に依拠する福尾とのスタイルの違いが明確に出た。 「一人の人間が答えを出すことが大事だ」という立場。 荘子itは、魚豊が『チ。』を思いついたのも現実の作品からの触発であって、 イデアも結局そこから発生するのではないか、と応じる。 福尾は事前のイメージより頭が柔らかく、簡単には自分の意見を曲げないが ちゃんと話せる人だったと言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- TaiTanDos Monosのメンバー。
- ガチャガチャ感こそがリアルリアルなものは透明でシンプルなフォーマットに収まると思われがちだが、 むしろバラバラでまとまりがないことのほうがリアルだという逆説。
- 職業としての嘘哲学者もアーティストも「ほぼ嘘つき」に近い職業である。
- 5センチ浮いてしまう最初から高みにあるものを地上から仰ぎ見るのではなく、 同じ目線で読み進め聴き進めていたら、いつのまにか5センチほど宙に浮いてしまっている。
- 構造は後からついてくるコード理論やポリリズムの構造から曲を作るのではなく、 まだ分析の言葉がついていない現象から食らった体験をそのまま作品にする。
- わけのわからなさ複雑さや高度さのことではない。
- ドブ板選挙トークイベントで数十人を相手に話し、サイン会で一人ひとりと2、3分雑談する。
- ポストポストアポカリプス番組名の候補として挙がった福尾の言葉。
この項目に言及している項目
- アスファルト手持ちカメラで東日本大震災の被災地の近くの街をずっと歩いているだけの映像作品。
- 痛みの強度データの扱いがおかしい/解釈が多様だ、という応酬をいくらやってもしょうがない。
- 虚構に上書きされた風景が原風景佐々木友輔の風景論の連載を荘子itが読んで。
- 愚直にやるだけで差がつく時代いまはほぼ99%が状況に対するリアクションと人間関係の話に終始しているから、 愚直に自分の好奇心と実験精神だけを追求しているだけで差をつけられる。
- 最適化されない恥著者やクリエイター自身がSNSや喋りの場で人格を出していくこと自体は 粛々とやったほうがいいこと(D2C的に一番理にかなってもいる)。
- 佐々木友輔風景論の連載で庵野秀明と大島渚を論じ、吉本隆明の「関係の絶対性」を扱っている。
- 状況論につきまとう根本的な問題「推し活が今こうなっていて」というような話をしながら、 福尾はいつも「これって本当なのかな」と思っている。
- 皆さんこちらが哲学者です荘子itが福尾を客席から壇上に上げるときの紹介の仕方。
- 藪の中問題とトレパク問題2025年に相次いだ「パクり」をめぐる騒動の整理。