Watson
わとそん
ラッパー。
番組より
情報の取捨選択だよね。記述するその部分の選択だけで、ほとんどパンチライン製造機みたいになってる。
この項目について
新作について荘子itが話す。千葉雄喜の前のKOHH以来の日本語ラップシーンにおけるゲームチェンジだと言われている。言葉の技巧がすごいのではなく、あったことをほぼ言っているだけなのに切り取り方が斬新で、情報の取捨選択、記述するその部分の選択だけでほとんどパンチライン製造機になっている。模倣している若者が多いだろうけれど、模倣されているのはボキャブラリーではなく着眼の仕方——解釈の仕方でもない。このスケール感で日常の断片を切り取ると様になるんだ、というスタイルを確立している。記述する力という第三の力の実例として置かれている。
この項目が出てくる回
関連項目
- まずは親密な場で沖縄でのイベントの話から。
- 記述には変なレバレッジが効いている有名な場所のことなら、細かく記述しなくても分かるかもしれない。
- 疎なデータから立ち上がるもの自分自身の経験と、日記に残っていくデータとのあいだには情報量のギャップがある。
- くぐった後の感覚の変容が保証されている沖縄のアブチラガマに入った話。
- 一人の人間が持ってるバイブスなんて所詮それほど幅がない福尾が京都で15年ぶりに高校の同級生と会った話。
- マイナーだから記述せざるを得ない庭師でもあり研究者でもある山内朋樹とのトークから。
- 記述する力という第三の力三宅香帆が言っていたこと——芸人やアーティストはエピソードトークが面白く、批評家は絶対に敵わないから、起きたことではなく解釈の話をすべきだ。
- 実空間を記述するからこそフィクションになる疎な記述をしようとすると、小説でいう視点人物のような架空の人格が勝手に立ち上がる、と福尾。