哲学者とクリエイターの逆転
てつがくしゃとくりえいたーのぎゃくてん
『置き配的』刊行にあたっての小川哲との対談を見て、荘子itが言う。
番組より
クリエイターの方がむしろ世界観とかフィクショナルなものを作る上でいろいろ設計しなきゃいけないことが多くて、哲学者の方がもしかしたら、世界そのものを作るんじゃなくて、この世界の中でのなんか面白いものに何かコメントする、一言言うみたいな、そういうやり方が実は向いてるのかな。
この項目について
哲学者とクリエイターの対談なのに、福尾の方が雑感を語り、小川の方がハイスピードで今の社会といろんなことを紐づけて情報整理していく。普通は、クリエイターが主観的な雑感を手がかりにし、哲学者や批評家が社会に結びつける、という構図のはず。荘子itの見立てでは、クリエイターの方がフィクションを作る上で設計しなければいけないことが多く、哲学者の方はむしろ世界内存在として、世界そのものを作るのではなくこの世界の中で面白いものに一言コメントするやり方が向いているのかもしれない。福尾は小川の小説が半分論文のような書き方で、参考文献が100冊ありそうだと応じ、小説に参考文献をつけるべきか問題は規範ではなく美学の問題だ、と続ける。
この項目が出てくる回
関連項目
- パラグラフパッド福尾が書くときに一番困るのは、あるところまで書けてそのセンテンスをどう終わらせるか、一度終わってしまったセンテンスを次にどう始めるかという、すごく細かいところで手が止まってしまうこと。
- ダイモンを感じるかどうか何かが確保されているわけではないのだから、神というより悪魔のイメージのほうがしっくりくるかもしれない、という話から。
- 限りなく書きながら録る沖縄のホテルに缶詰で、明後日のライブ用の歌詞を書いている。
- 三すくみのヴァンパイア映画『罪人たち』の話から。
- カルトを減らして神を増やそう加藤さんの『福音派』をめぐる対談の結論として出てきた標語。
- 恵まれていることと欠けていることが同時にある荘子itが自分の生い立ちについての歌詞を書きながら考えていること。
- ハイデガーとフランクルが同じ構造になってしまうカフェのトイレに貼ってあったポエムの写真をXに上げたらバズった。
- 罪人たち『ブラックパンサー』の監督が撮った、ブルースの歴史×ホラーという変わった映画。