ハイデガーとフランクルが同じ構造になってしまう
はいでがーとふらんくるがおなじこうぞうになってしまう
カフェのトイレに貼ってあったポエムの写真をXに上げたらバズった。
番組より
むしろ人生の方が人間に意味を問いかけてきてるのだっていうことを書いてるポエムで、ハイデガーじゃんと思って。
ハイデガーとフランクルで完全に構造的に同じになっちゃってるっていうかさ。政治的な立場っていうか真逆なわけ。
この項目について
一見よくある人生訓かと思ったら、人生に意味を求めてもしょうがなく、むしろ人生の方が人間に意味を問いかけてきているのだ、という内容で、「ハイデガーもどきだと思ったらハイデガーだった」と福尾は書いた。ところが引用リツイートで、それはヴィクトール・フランクルからの引用だという指摘が大量に来た。ハイデガーはナチスを擁護した哲学者で、フランクルは強制収容所に入れられた人なのに、広い意味での実存主義的な考え方として構造的に同じになってしまう——そのこと自体がすごく残酷だ、と福尾。それはダイモンの呼びかけと同じ構造でもある。謎のミッションを背負ってしまう、でもそれがないと物が作れない。
この項目が出てくる回
関連項目
- パラグラフパッド福尾が書くときに一番困るのは、あるところまで書けてそのセンテンスをどう終わらせるか、一度終わってしまったセンテンスを次にどう始めるかという、すごく細かいところで手が止まってしまうこと。
- ダイモンを感じるかどうか何かが確保されているわけではないのだから、神というより悪魔のイメージのほうがしっくりくるかもしれない、という話から。
- 限りなく書きながら録る沖縄のホテルに缶詰で、明後日のライブ用の歌詞を書いている。
- 三すくみのヴァンパイア映画『罪人たち』の話から。
- カルトを減らして神を増やそう加藤さんの『福音派』をめぐる対談の結論として出てきた標語。
- 恵まれていることと欠けていることが同時にある荘子itが自分の生い立ちについての歌詞を書きながら考えていること。
- 罪人たち『ブラックパンサー』の監督が撮った、ブルースの歴史×ホラーという変わった映画。
- 福音派加藤さんの著書。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- 虚弱エッセイと体力お化け自己啓発eiau・「体力お化け」という言葉がよく使われ、ビジネスの文脈では「体力があるやつが最後に勝つ」と言われる。
- 人間の話と社会の話ばかりしていると社会がダメになるeiau・出口のない話が続いたところで福尾が言う——今はみんな人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まるに決まっているし出口がなくなるに決まっている。
- 非社会的なものがないと社会はダメになるeiau・いま誰もが人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まって出口がなくなるに決まっている。
- 平行処理に対応するガジェットが目の前にあるeiau・ADHDが一つの時代を象徴する病になっていることについて福尾が言うこと。