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#文学
58件
- 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』。
- 安野貴博荘子itとはプライベートでも面識がある。
- 一度英語を通過した語彙村上春樹の面白さの源として福尾が挙げるもの。
- イン・ザ・メガチャーチ推しのアイドルが自殺してから陰謀論にはまっていく人物、洋楽担当だった元レコード会社の父、その父の期待に応えて海外志向のキャラを演じてきた娘——3人が全員、宗教的な熱狂を一歩外から見ているのに、それぞれ「視野狭窄だと分かっていても、これをやる
- William Faulkner『八月の光』を福尾が読破した。
- 江藤淳『成熟と喪失』。
- 大前粟生福尾と同い年。
- 解放される対象であることを拒否する荘子itは「ヒロインと恋愛関係にならずに、彼女を負のループから解放する」タイプの話がすごく好きだ。
- 貸金庫毎日体の宿主が入れ替わる主人公。
- 金原ひとみ『蛇にピアス』『ハジケ』『藪の中』。
- 過保護になることでタフネスが抜け落ちる福尾が書いた『カホ』の書評について。
- Gabriel García Márquez福尾がドゥルーズと同時期に読んでいた作家。
- カルチャーオラつき系出版の現場でやばいのは品行方正系ではなくオラオラ系だ、と福尾。
- 漢詩のほうが成り上がり大岡信『日本の詩歌』は、万葉集や古今和歌集からではなく 漢詩の話から始まり、最初に取り上げられるのが菅原道真だった。
- きついと思うかどうかはお前次第村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』に出てくる格言——Pain is inevitable but suffering is optional。
- 均等に舐めたいベケット『モロイ』の話。
- Greg Egan福尾が第1回で勧め、荘子itが読み始めた。
- 言語は全部借り物である平野啓一郎が、編集者から送られてきた対談原稿に自分の発言として「〜みたく」という言い方が入っていたのが嫌だ、とXに書いていた件から。
- コロンボ研究菊地成孔が人生の後半戦において全身全力をかけた初の書き下ろし単著が コロンボの本だった、ということに荘子itは驚く。
- 小説は報告から始めるべきでは上野の国際子ども図書館で手に取った石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』は、一文目からノンちゃんを紹介している。
- 小説を書いていても小説は良くならない「嫌いなものは」と訊かれて福尾が挙げたのが小説家だった。
- 序文というパレルゴン序文は順番としては一番最初に来るのに、たいていは本文を書き終わったあとに書く。
- 成熟と喪失戦後民主主義の中で生きる男が、近代化によって前近代的な肉感的な母子関係を失い、さてどうするのか——を論じた文芸評論。
- 立ち上げ恐怖症福尾が自分の症状として言い出す。
- チャンドス卿の手紙詩人が「もう詩が書けなくなった」と書き送る体で書かれた短い小説。
- TinderレモンケーキエフェクトTinderでマッチした相手に日記を送る、という謎のプロジェクトから生まれた日記本。
- 哲学者とクリエイターの逆転『置き配的』刊行にあたっての小川哲との対談を見て、荘子itが言う。
- 読者が調教される本を読んで、その本が想定している読者に自分から進んでなろうとしてしまう感覚。
- 日記は誰も読んでいないのでは日記ブームと少し距離を取って眺めている、と福尾。
- 日本の詩歌 その構造と素肌コレージュ・ド・フランスで日本の詩の伝統についてフランス人向けに講義した内容が、 日本語になって一冊にまとまったもの。
- 走ることについて語るときに僕の語ること村上春樹がマラソンについて書いたエッセイ。
- 八月の光どうしても入ってこなくて途中でやめていたが、読み直したらとんでもないと思った。
- 葉っぱの影が白いシャツの上を流れたWilliam Faulkner『八月の光』でいちばん印象に残っている描写、と福尾は言う。
- ハムネットシェイクスピアが『ハムレット』を書いていた時期の家族の話。
- バラッと集まって全体を成すドゥルーズが英米文学に透かし見ているのは、バラッと集まって、なんとなく全体を成しているという全体性のイメージなのではないか、と福尾は言う。
- 樋口恭介選書でカーネギー『人を動かす』を『構造と力』『アンチ・オイディプス』と並べ、「一人で完結するプロジェクトは意味がない」というポップを書いていた。
- 百光年ダイアリー自分が死ぬまでに書く日記が全部データとして渡されている世界。
- 保坂和志物語ではないところに小説の面白さがある、と言い続けてきた人として名前が挙がる。
- 本好きの壁福尾が勝手にそう呼んでいる現象。
- 真逆の方向から作者を殺す考察は「著者の意図」というフィクションにすがりつくことによって、かえって著者の意図を裏切っている——そこが面白い、と福尾は言う。
- 真ん中から始めるフォークナー『八月の光』を読んだ福尾の見立て。
- 三宅香帆「本好きの壁」を越えた人。
- 村上春樹「スパゲッティ茹でてセックスして、なんなんこいつ」という雑な揶揄が男性中心主義批判のステレオタイプとしてある。
- 潜って書く誰かに向けて書いてはいるが、書き方としては語りかけない。
- 物語だけがドライブしていない状態物語が大事なのではない、と言い切って本当に物語を退けると、それはそれで面白くない。
- モロイずっと徘徊しているやばい男の意識が一人称で語られ続け、段落分けも会話もほとんどないまま一冊が書かれている小説。
- 読まない理由に乗っかってしまう江藤淳『成熟と喪失』を荘子itは大学時代に読んだが、師の系譜には「良くないんだけど一応押さえておきましょう」という前提があり、SNSでもそう言われているので、ベタに読み込む気が起きなかった。
- 読みづらいのに読ませる三宅香帆が、村上春樹の文章はリズムが気持ちいいと言っていた——5文字5文字5文字7文字6文字、というふうに同じ文字数の単語が並んでいて、言葉の文字数でリズムを作っているからすごく読みやすい。
- ラッセン本の無断参照問題ラッセンをテーマにしたフィクションの小説が、明らかに『ラッセンとは何だったのか?』(千葉雅也らが寄稿した評論本)を種本にしているのに、参考文献に挙げていないとして問題になった。
- 私性の形式化エッセイブームと並行して、「私性」というものの形式そのものが偏り、固まっていっている——丁寧な暮らし的な何か、ケア的な何か、あるいは逆にケア的な何かへの違和感、といった方向に。