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リソースは一個でいい

りそーすはいっこでいい

『群像』の新連載でも書いていること。

初出
存在より前に政治がある(2026年6月8日)

番組より

批評とか哲学ってのは本来なんか持たざる者たちのためのもので、つまり何の文化資本とかみたいなものがなかったとしても、哲学書とか何冊か読んだりとか何本か映画見たりとか、本当はそれだけでできるもんだから。

批評はめっちゃそのリソース自体が全然そうでいいっていうか、一個でいいんだよね。

この項目について

批評や哲学は本来、持たざる者たちのためのもので、文化資本が何もなくても、哲学書を何冊か読む、映画を何本か見る、それだけでできるはずのもの。アカデミズムは「これについて話したいならあれを読め」の連鎖で、ドゥルーズを語りたいならまずハイデガーを、まずカントを、と延々に言われる。けれど本当の哲学、本当の批評は、ドゥルーズだけ読んでドゥルーズの話をして、でもドゥルーズとは別のことが出てくるというマジカルなものだから、リソース自体は一個でいい。その成り上がり性——何も持っていない若者がこれだけでひっくり返せるぞという熱さ——は批評に必要だ、と福尾は言う。荘子itはそこに階級闘争を見る。数字で上回っても消えない、初期設定の持たざる者と持てる者の差に報いることができるのが批評なのだ、と。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

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