一周目おじさん
いっしゅうめおじさん
Dos Monos内で一時期流行ったミーム。
番組より
みたいな一周目おじさんになってきてる。一周目おじさんを引き受けざるを得ない。
この項目について
かつては脱構築的なもの、ゴダール的な「作り方自体を発明しなければ同じことになる」という考えに惹かれていたのに、いまは『宝島』や『火の花』のようなオーソドックスな作劇の映画を「普通にいい」と思ってしまう。三周目にして一周目に戻ってきたようなトーン。荘子itは「一周目おじさんを引き受けざるを得ない」と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 置き配的コミュニケーション福尾がこの回で与えた、本のいちばん短い定義。
- 空間の中にプラットフォームがある置き配というシステムそのものより、それによって「空間というものがないことになってしまう」ことが一番の問題だ、と福尾は言う。
- 空間の話をしない空間的なものの話はするのに、空間の話はしない——それが日本の思想や批評のすごく大きな弱点だ、と福尾はずっと思っている。
- ドパガキ「ドーパミン中毒のガキのための音楽」の略。
- 小説は報告から始めるべきでは上野の国際子ども図書館で手に取った石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』は、一文目からノンちゃんを紹介している。
- コンスタティヴとパフォーマティヴ「あいつの言ってることはパフォーマンスで」というときのパフォーマンスと、言語行為論のパフォーマティヴは違う、という話。
- ラッセン本の無断参照問題ラッセンをテーマにしたフィクションの小説が、明らかに『ラッセンとは何だったのか?』(千葉雅也らが寄稿した評論本)を種本にしているのに、参考文献に挙げていないとして問題になった。
- 小島大大荘子itと同世代のMV監督。