空間の中にプラットフォームがある
くうかんのなかにぷらっとふぉーむがある
置き配というシステムそのものより、それによって「空間というものがないことになってしまう」ことが一番の問題だ、と福尾は言う。
番組より
だからプラットフォームの中に空間があるんじゃなくって、空間の中にプラットフォームがあるんですよっていう。めっちゃ当たり前のことなんだけど、めっちゃ当たり前のことが自覚しづらくなってる。
この項目について
分かりやすいのはAmazonや大和より、モバイルオーダーやUberのほう。スタバのアプリで注文してカウンターで受け取ることと、Uberの配達員がやっていることは全く同じで、消費者も労働者も同じ置き配的なシステムで物を売り買いしている。そのとき「店員がお客さんにサービスする」ことも、「サービスする空間としてお店がある」こともほとんどなくなり、スタバの座席とファミマのイートインスペースが同じものになる。置き配的なシステムは空間を点と線の運動に還元してしまう。だが——プラットフォームの中に空間があるのではなく、空間の中にプラットフォームがあるのだ。現代を論じる人はプラットフォーム資本主義やテクノ封建制の話しかしないが、それは一面の事実にすぎない。
この項目が出てくる回
関連項目
- 置き配的コミュニケーション福尾がこの回で与えた、本のいちばん短い定義。
- 空間の話をしない空間的なものの話はするのに、空間の話はしない——それが日本の思想や批評のすごく大きな弱点だ、と福尾はずっと思っている。
- ドパガキ「ドーパミン中毒のガキのための音楽」の略。
- 一周目おじさんDos Monos内で一時期流行ったミーム。
- 小説は報告から始めるべきでは上野の国際子ども図書館で手に取った石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』は、一文目からノンちゃんを紹介している。
- コンスタティヴとパフォーマティヴ「あいつの言ってることはパフォーマンスで」というときのパフォーマンスと、言語行為論のパフォーマティヴは違う、という話。
- ラッセン本の無断参照問題ラッセンをテーマにしたフィクションの小説が、明らかに『ラッセンとは何だったのか?』(千葉雅也らが寄稿した評論本)を種本にしているのに、参考文献に挙げていないとして問題になった。
- 小島大大荘子itと同世代のMV監督。