喋るのは一緒だが作るのはバラバラ
しゃべるのはいっしょだがつくるのはばらばら
ドゥルーズ語りの逆、と福尾は言う—— 二人で一緒に書くのではなく、喋るのは一緒だが、作るのはそれぞれバラバラ。
番組より
2人でずっと喋ってるっていうのがあって、それがまたそれぞれの作品にフィードバックされるみたいな。
かなりプラクティカルな効果があるね。実践的だよね。そういう意味では役に立つ。
この項目について
お互いの作品や本に触発し合うのとは別に、 二人でずっと喋っているという事実があって、それがそれぞれの作品にフィードバックされる。 荘子itはそれを「かなりプラクティカルな効果がある」と言い、 自分にとっての批評の使い方もそうだと続ける—— その視点を投入すると、自分のアクティブな部分がより活性化する。 批評好きからすればそれは自己啓発的な読み方だと言われるかもしれないが、 ベースそれはあったほうがいい。
この項目が出てくる回
関連項目
- 自律神経という救い呪いを解くのはめちゃくちゃ難しい、という話から福尾が出す例。
- どうやって人は呪いを解くのか過去に人に言ったことが継承されて、呪いを背負ってしまう。
- 別の形で与えるんだ自分が BUMP OF CHICKEN から受けたような感動を、 別の形で誰かに与えるんだ—— ライブが始まる前に、勝手にそうなっていくのだという感覚があった。
- 哲学で全部に触るドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』について福尾が言うこと。
- 全パネルの色が違うルービックキューブ『千のプラトー』の読み方について、福尾が講座の概要文で使った喩え。
- どのレイヤーにも本当の話はない誕生日にミルクレープを食べているだけなのに、 なぜこんなにエクスキューズをしなければいけないのか—— という流れで荘子itが自分について言うこと。
- 天空と空中と地上荘子itによる音楽の三分法。
- 中心にある音楽がかっこいいDos Monos はこの番組も含めて周辺のいろんなことが盛り上がっている—— ジェロニモや岩崎のような文化圏がすでに出来上がっている。