2026年8月24日
日常回(呪いと救い)
ツアーファイナルの翌日。打ち上げの話から、 BUMP OF CHICKEN に受けた感動を別の形で誰かに渡すということ、 そして自律神経という言葉が救いとして差し出されることへ。 呪いをどうやって解くのか、という話で終わる。
話の流れ
- 3:10昨日のライブ筋肉がつっている。お客さんも混ぜる打ち上げをやった。
- 6:20新宿が輝いて見えたそのあと電車に乗りたくなくて、当てどもなく歩いた。
- 9:30気のせいでも嬉しい私におめでとうと言ってくれたのかな、という感じ。
- 12:41荘子itのパパママと会った一年ぶりに話した。期待していると言ってくれた。
- 15:53東京の中に架空の東京を作るDos City というか。フィッシュマンズは変な造語を作ったりはしないけれど、フィクショナルな形で。
- 19:05何回もリハができたわけではないのにそれでもあの精度で。
- 22:15メンバーを信頼している自分がメインでやっているものとはバランスが違う。それが混ざっている。
- 25:25繊細で防衛的話してみるといろいろ興味を持ってくれていて嬉しかった。ネットも好きだし。
- 28:35自分がおもろいと思う方向だけでやるライブに合わせなければいけないとしても、その中で。
- 31:46シットとシッポから入った人もいた声をかけてくれる人がいて嬉しかった。
- 34:56自重トレーニングがいい深夜に腕立て。ジムは金がかかるだけで、100キロのウェイトを上げても必要ない筋肉にしかならない。
- 38:06打ち上げのBGMTaiTanが選びたいと言って選んだ。その都度選曲するのは難しい。
- 40:02バイトはミスチルという話になるもっと昔のやつ。
- 43:12中1で済ませているはずの話いかにユグドラシルがいいかという話は、TaiTanと中1で済ませている。人様にする話ではないという認識だが。
- 46:23別の形で与えるんだ自分がBUMP OF CHICKENから受けた感動を。そのことに感動した。
- 49:34別の文脈で着直す古着なのか。
- 52:44理屈っぽい奴らが集まるそれが自分の一番熱いエネルギーを持ったものに消化されるなら素晴らしい。
- 55:54AIに全部駆逐されてしまえ偉そうにしている批評家なんて潰れてしまえ、本当の知性はAIなんだ、という話になってきている。
- 59:20呪いを背負ってしまった過去に人に言ったことが継承されていく。
- 1:00:00自律神経という救いなんとなく体調が悪いことを全部それで説明して、数千円のものを買わせる。1日5分でできる何かが200個くらいタイムラインに押し寄せる。
- 1:01:47どうやって人は呪いを解くのか僕に任せてもらえば解けます、というのも結局同じ形になってしまう。
- 1:05:00昔はストレスと言っていた10年20年前はそう呼んでいたはずで、そちらのほうがよほど牧歌的だった。
- 1:08:10みんなランナーになっていく俺は何になるんだろう。エクササイズは本当にラップだけ。
- 1:11:20占いに近いところがあるこれだけ学べば言葉が身につきます、というような。多くの人はいかがなものかと思っているが、たまにヒットする。
- 1:12:30480分で千のプラトーを読む100分ではなく480分。2時間の講義を4回やる講座を始める。概要が分かるのではなく、なんとなく読めるところまで連れていきたい。
- 1:14:00哲学で全部に触る動物も植物も地層も石も、人間社会も芸術も文学も。それを一冊のなかで愚直にやっている。
- 1:14:50ミルクラトー今日最初に食べたミルクレープ。千のクレープ、ミルクラトー、千のプラトー。
- 1:15:50全パネルの色が違うルービックキューブ組み合わせが無限に作れるから、回しているだけで楽しい。ただし一度も完成させたことがないと楽しめない。
- 1:21:30リゾームは英語だとライゾームライゾマティクスもそこから。英語話者と喋っていて「ライゾーム」と言われて驚いた。
- 1:22:39サカナクションにもプラトーという曲がある語感だけでかっこいいと思ったのかは分からないけれど。
この回で出てきた言葉
- 内と外の区別がぼやける低気圧の話を受けて福尾が言う—— **内的な自分の内側の状態と、外側の状態の区別がぼやっとしているんじゃないか。
- 宇宙 日本 世田谷今は世田谷に住んでいるので、ダイレクトに自分の作品として聴けると荘子itは言う。
- AIに自分が強化学習される福尾が言う——**AIに自分が強化学習されてしまう。
- オタクが生み出した巨像としての暴れん坊ドラム缶を叩いていたドラムのカズについて。
- 降りることにすら名前がついている**降りるのも、降りることにすらデジタルデトックスという名前がついてしまっている。
- 自分では確かめられないこと生乾き臭は自分では絶対に分からない。
- 喋るのは一緒だが作るのはバラバラドゥルーズ語りの逆、と福尾は言う—— 二人で一緒に書くのではなく、喋るのは一緒だが、作るのはそれぞれバラバラ。
- 自律神経という救い呪いを解くのはめちゃくちゃ難しい、という話から福尾が出す例。
- 深夜の駐車場で腕立て**「最近はもう駐車場で腕立てしてますね」。
- 信用できない語り手雨が止んだ瞬間に体が軽くなった—— でも気圧はそんな一瞬では変わらないはずだから、 多分俺の中の閾値を超えたんだ、と荘子itは言う。
- 千のプラトー福尾が480分(2時間×4回)かけて読む講座を始める。
- 千のプラトー講座を1000売るという物語『千のプラトー』の講座は12000円で、これまでのフィロソフィーの講座が 150人くらいだったのに対し、福尾は500人来てほしいと言う。
- 全パネルの色が違うルービックキューブ『千のプラトー』の読み方について、福尾が講座の概要文で使った喩え。
- タロットカードみたいな詩集打ち上げでヨシエが持っていた、 浅井健一の全曲の歌詞から1行2行だけを抜粋して1ページずつ印刷した本。
- 中心にある音楽がかっこいいDos Monos はこの番組も含めて周辺のいろんなことが盛り上がっている—— ジェロニモや岩崎のような文化圏がすでに出来上がっている。
- 哲学で全部に触るドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』について福尾が言うこと。
- 天空と空中と地上荘子itによる音楽の三分法。
- どうやって人は呪いを解くのか過去に人に言ったことが継承されて、呪いを背負ってしまう。
- どのレイヤーにも本当の話はない誕生日にミルクレープを食べているだけなのに、 なぜこんなにエクスキューズをしなければいけないのか—— という流れで荘子itが自分について言うこと。
- どれも取れないジェンガ不調をどうにかしようとするとき、 何かをするのではなく、やめられるものを片っ端からやめるだけで本当はいいはずだ、 と福尾は言う。
- 生乾き臭は自分では分からない**Dos Monos が長い期間をかけて仲が悪くなっていく、その一端になった事件。
- 批評を閉じたものと見なして批判する読書猿が唐突に「批評は偉そうでダメだ」という長文の、 明らかにAIで書いたと分かるnote記事を出した。
- 普遍を論じることと、いろんなものを論じること哲学は普遍的なものを語る学問だと思われている。
- 別の形で与えるんだ自分が BUMP OF CHICKEN から受けたような感動を、 別の形で誰かに与えるんだ—— ライブが始まる前に、勝手にそうなっていくのだという感覚があった。
- 別の文脈で着直す**喋るのと書くのは、単純に時間の流れ方が全然違う。
- 暴力性の裏で緻密なコントロールライブの途中、会場の2階の両脇から爆音が聞こえて見上げると、 両端で誰かがドラム缶を金属バットでぶっ叩いていた。
- 真っ当に偉そうにすることを教えてくれる「批評は偉そうだ」への荘子itの返し。
- ミルクラトー収録の冒頭で福尾が買ってきたのが、 荘子itの一番好きなスイーツであるミルクレープ(しかもクレームブリュレ味)だった。
- ユグドラシル荘子itがワンマンの前日、爆音で聴くために深夜の広い道路に車を停めて聴いたアルバム。
この回からの引用
中心にある音楽がかっこいいんだっていうことをやっぱ証明し続けるっていうのはね、やっぱすごいなって思うよ。
この様々な層に、俺ってそういうとこあるからミルクレープ好きなのかな。本当に言いたいことはこの隙間にあるみたいな。
いろんなレイヤーの話をするんだけど、どのレイヤーにも本当の話なくて、その隙間界の踊り場でね、踊ってる。キックとスネアの間で経験してるハイハットにだけ本当が宿る。
天空に行っちゃうんでもなく、ずっと地上でこううねってるんでもなく、なんかちょうど中空のあたりと漂ってる。
→ 天空と空中と地上
それこそDos Cityっていうか、東京の中に架空の東京を作るみたいな。
フィクショナルな形で宇宙 日本 世田谷と言ってみることで、ただの世田谷じゃない、なんか大きな何かとつながってる別の世界像を提示している。
多くのJ-POPとかは天空志向だと思うんだよな。天空と空中と地上、ルーツ。
→ 天空と空中と地上
そこのなんかドラム缶ぶったたくっていうことの暴力性と、でもちゃんと音楽的になんとか成立させるっていうかさ。単なるお遊びっていうか、ただ大暴れしてるだけじゃないっていう。
めっちゃその暴力的ななんかインパクト与えるんだけど、実はその裏で超緻密なコントロールがされてるみたいなのは。
むしろそのなんかオタクが生み出した巨像としての暴れん坊みたいなところはあるから、そんな失礼なことではないと思うんだけど。
音楽純粋主義者的な人からするとなんかちょっと上着いて見えるところもあるのかなとも思うんだけど、やっぱライブ行くとね多分そういう人も完全に黙らせられる。
最近はもう駐車場で腕立てしてますね。
最後まで聴いてもう2周したよね。普通に2周目入って、え?みたいな。良すぎるんだけど。ロストマンっていうね最後の曲なんだけど。
→ ユグドラシル
25歳が作った音楽だ。それを超えるまでに本当に自分もその実年齢を生きなければいけなかったみたいな。
→ ユグドラシル
俺がバンプから受けたみたいな感動を別の形で与えるんだみたいな。そのことに感動したね。
単純に時間の流れ方が全然違うしさ、よくもあるくも紙の文芸誌に書くと最速でも1ヶ月先になる。そのタイムラグの感じもあるから。
→ 別の文脈で着直す
文脈、別の文脈で着直すみたいなことではあるかもしれないけど。
→ 別の文脈で着直す
2人でずっと喋ってるっていうのがあって、それがまたそれぞれの作品にフィードバックされるみたいな。
かなりプラクティカルな効果があるね。実践的だよね。そういう意味では役に立つ。
批評ってものを閉じた何かとして見なした上でそれを批判するっていうことをやってて、でもそもそもそうじゃないから。別に閉鎖系じゃないですよ。
AIってだから嫌いなやつを仮想敵にしてる定義に従ってさディスってくれるからさ、自分でマジで抜け目見出せないよね。めっちゃ気持ちいいんだよねあれ。
いやだから本当にAIに自分が強化学習されちゃうから。
自分の思想が強化されていくんだよ。マジで危ないあれ。
批評はだから真っ当に偉そうにすることを教えてくれるのがむしろね、むしろ一番核心の一つといってもいいんじゃないよね。
一人の人間、人生の中ですごい面白いこと考えるってことは可能なんだよみたいな。俺面白いですけど何か、みたいな。
生乾き臭も自分で確かめられないわけよ。
生乾き臭って自分で絶対に分かんないんだってことをそこで理解したわけ。
過去TaiTanに言ったことの、なんていうか呪いを背負ってしまった。
やっぱその呪い解くのめっちゃむずいよな。
なんとなく体調が悪いみたいなことを全部それ自律神経整ってないですよみたいなこと言って、いろんな数千円のものを買わせるっていう。
1日5分でできる何かっていうすごいミニマルなパッケージングのものが、200個ぐらい自分のタイムラインに押し寄せてくるっていう。全部これやっとけばOKみたいな。
僕に言わせれば本当は自律神経とかではないんですけど、僕の話を聞くとなると、それはそれで高いんだよみたいな。そういうおじさんになっていくわけで。
どうやって人は呪いを解くのかみたいなね。
単にストレスなんだよな。絶対、なんかするとかじゃなくて、やめれるものを片っ端からやめるだけで本当はいいはずなんだ。
これとこれが組み合わさってるからここだけをやめることもできないみたいな。全部が極まったジェンガみたいな。
降りるのも降りるので、降りることにすらデジタルデトックスっていう名前がついちゃってるから、出口あったはずなのに塞がれてるみたいな。
デジタルデトックスという名の別室送りみたいな。お金払わないと出られないみたいな感じになってるんだよな。
まぁでもほんと駐車場で腕立てするとか、それぐらいでいいと思うんだけどね。
ランダムにパッて開くと占いみたいに、昨日もすごいパッて広げたらすごい良かったんでね。
すごいなんかタロットカードみたいだねって言ったら、まさにそのヨシエちゃんもタロットカードに死ぬほどハマったけど、これが一番いいってことに気づいたんですみたいな。
480分で千のプラトー。100分でじゃなくてね。だから2時間の講義を4回やるっていう講座を始めることにしてて。
→ 千のプラトー
100分では読めないでしょっていう。その概要はわかるけど、じゃあマルクスの資本論100分で解説されて、資本論の1ページ目開いて理解できるかって言ったら、全く理解できないと思った。
→ 千のプラトー
480分あれば、概要が分かるじゃなくて、その一歩先のなんとなく読めるってところまで連れていきたい。
全部どうやって哲学で触るかみたいなことやってる本だと思ってて。動物も触るし、植物も触るし、地層とか石とかも触るし、当然人間社会のことも触るし、芸術も触るし、文学も触るし。
→ 哲学で全部に触る
すごく具体的な存在として全部にバーって触っていくっていう、それを一冊の本の中でやってるっていう。
→ 哲学で全部に触る
それこそ今日最初にミルクレープ食べたけど、ミルクレープやばいミルクラトーじゃん。
→ ミルクラトー
全部のパネルの色が違うルービックキューブみたいなもんだって言い方したんだけど。本当にその組み合わせが無限に作れるルービックキューブみたいなもんだから、それぞれガチャガチャ回してるだけで楽しいっていう本なんだけど。
ルービックキューブをさだから、まず一回も完成させたことないとさ楽しめないじゃん。
でも普遍って概念を論じることと本当にいろんなものを論じることって全然違うはずで、普通の哲学は普遍を論じはするんだけど、その具体的な普遍を構成するはずのいろんなものについては論じないみたいな。
普通に言われてる知性のあり方って、すごい上から言ってるようでいて全然何もやってなくねみたいな話をしていくっていうか。
だからもう1000限定って言っても1000売り切るんだよ。
千のプラトー講座を1000売るという物語。
内的な自分の内側の状態と外側の状態の区別がぼやっとしてるんじゃない。
でも多分俺の中の閾値を超えたんだみたいな。
低気圧だるいとか言ってるアカウントのプロフィール見ると、こいつはちょっと信用できない語り手かもしれないみたいな。俺もだけどみたいな。
ある種の単純化でもあるんだよね。
低気圧で辛いのかどうか確かめようがないけど、少なくともDos Monosのライブが最高なのは確かめようがあるみたいな。