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作品そのものが批評として立ち上がる

さくひんそのものがひひょうとしてたちあがる

リスナーからの問い——単に状況を映すだけでなく、その状況そのものをえぐり出してしまう力を作品が持つのではないか。

初出
すべての質問に答える2(後編)(2025年12月29日)

番組より

単に状況を映すだけじゃなくて、その状況そのものをえぐり出してしまう力を持つんじゃないかと思ったんですね。

状況を俯瞰して考えるではなくて、俺らはこうっていうのをやってるっていう意味では、そこがめちゃくちゃ面白いと。

時代のカウンターとか言う前にやることやるみたいなさ。

この項目について

本質を極限まで突き詰めた結果、作品そのものが状況に対する批評として立ち上がってしまう現象についてどう思うか。荘子itの答えは、状況を俯瞰して考えるのではなく「俺らはこう」というのをやっている、そこがめちゃくちゃ面白いというもの。今こんな時代だからこそあえて、というような状況論ではない。TaiTanの歌詞にもある通り、時代のカウンターとか言う前にやることをやる

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

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