脳の水分量は1日では戻らない
のうのすいぶんりょうはいちにちではもどらない
ボクシングの危険をめぐる具体的な議論のひとつ。
番組より
脳の水分量ってそんな1日2日で戻らないみたいなんだよね。だから水抜きして計量をクリアして水飲めば体は楽になるし、だけど脳の中の水分量は、だいたい計量の翌日試合だから、そんな1日とかで戻らないらしくて。
この項目について
減量の末期に水を飲まずサウナで汗をかいて体重を落とす「水抜き」をボクサーも格闘家もだいたいやっているのだが、脳の水分量は1日2日では戻らない。水抜きをして計量をクリアし水を飲めば体は楽になるけれど、計量の翌日が試合なので、脳のクッション機能が落ちたまま試合をすることになる。だから前日計量を2日前に、1週間前に、という案が出てくる。ただし国際的なスポーツなので日本だけ変えても仕方がない——なぜか今そういう事故が起きているのは日本の軽量級が圧倒的に多い。見た目に派手なヘビー級や総合格闘技より、一発で倒れるほどでもないダメージを頭部に受け続ける軽量級の10ラウンド12ラウンドの方が身体的な負荷が高いというのも意外なところ。
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関連項目
- 不合理なものの保存ボクシングは二人でお互いの頭部を殴り合うという、客観的に見れば完全に不合理な競技で、その危険さ自体が競技の価値にもなってきた。
- 非社会的なものがないと社会はダメになるいま誰もが人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まって出口がなくなるに決まっている。
- 痛がゆいコミュニケーション言っちゃいけないことを言ってしまう、というタイプのコミュニケーション。
- 日記のリアリティライン日記はプライベート、エッセイや評論はパブリック、と大雑把に分けられそうだが、日記にも公共性と私秘性の両方がある。
- 著者を喜ばせるための引用ではない「引用リポストを使っていいのか迷っている」というリスナーの質問への答え。
- 自分が何に引っかかるか「表現を仕事にするなかで、政治について知らねばならない・語れるようにならなければならないという焦りや義務感を感じるタイミングはありますか」というリスナーの質問への答え。
- プライベートとパブリックは簡単に線引きできない日記はプライベートな文章、エッセイや小説や評論はパブリックな文章、と大雑把には分けられる。
- 美談としてパッケージングしてしまう村社会ボクシングの死亡事故は、今回の2件の前にも起きていた——減量がきつすぎて試合に穴をあけてしまうことに絶望して自ら命を絶った選手もいた。