シットシッポ Wiki

それぞれ勝手にやっているからやりとりが発生する

それぞれかってにやっているからやりとりがはっせいする

葉山莉子がTinderでマッチした相手に日記を送っていた——一番多いときは同時に100人へ——という話から福尾が引き出した形。

初出
失われたキモさを求めて(2026年2月2日)

番組より

同じ前提を作りましょうっていう目的のコミュニケーションじゃなくて、それぞれ勝手にやってるからこそやりとりが発生するみたいな。そっちモデルの人間関係の方がずっと気楽だよなと思うんだよね。

単純に性的に消費されるわけでもないし、じゃあ1対1でオーダーメイドのやり取りをしましょうっていうわけでもない。その第三の道みたいなものが、日記っていうものによって可能になってる。

この項目について

日記を送ると、相手は自動的にこちらを「人生がある人間」として扱い始めるので、やりもく除けになる。ところが、コピペで100人に同時送信しているのだから、差し向かいでお互いの考えを尊重しましょうという人間的コミュニケーションでもない。単純に性的に消費されるのでもなく、1対1のオーダーメイドでもない——その第三の道が、日記というものによって可能になっている。日記は「人間として扱ってくれるための装置」ではあるが、そこで相手が読み取っている人間性と本当の自分自身はある種切り離されていて、その安心感がある。相手は勝手に読み取っているだけなのだから。抽象化すると勉強するとキモくなるとも通じる、と福尾は言う——考察が「同じものを見ている」ことを前提にするのに対して、それぞれ勝手にやっている状態をいかに作るか。「あなたは今何をしているんですか」「あなたの気持ちを教えてください」という、同じ前提を作ることが目的のコミュニケーションではなく、それぞれ勝手にやっているからこそやりとりが発生する。そっちのモデルの人間関係のほうがずっと気楽だ。密な空間に引っ張り上げずに疎密の疎の側をそのまま置いておく、という『置き配的』の主題が、恋愛と日記の側から言い直されている。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目