相対的匿名性
そうたいてききとくめいせい
いま同じことをXで言っても変なポジショントークに回収されるだけだから言わない——ポッドキャストくらいが適度でいい、というところから。
番組より
相対的匿名性。絶対の匿名じゃなくて、有名か匿名かって二項対立が結構すぐ20世紀で来たってなって思うんだけど、もはやそこはグラデーションの話になってきてる。
この項目について
ポッドキャストは全然匿名ではないのだけれど、有名か匿名かという二項対立で言えば、Xのような空間と比べれば匿名寄り。有名/匿名という二項対立自体が20世紀のもので、今はグラデーションの話になっている。有名的な感じと匿名的な感じは意外とブレンドできるもので、その配合を選べることが今は効いている。荘子itは前の回のクラッチとアクセルとギアの話にも通じると言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 否定され力音楽批評はずっと同じ二項対立の揺り戻しばかりで、全然アウフヘーベンしていないのではないか、という話から。
- パワーとタフネス可能なものとか、起こるかもしれないこととか、できるかもしれないものではなく——可能とか偶然とか必然でもなく——とにかくこれが起こったということは事実であって、その起こったことに対してどう自分が引き受けるか。
- 僕が興味深いと思うのは接続詞なしでガンガン書いていくのも好きだが、ありもしない接続を使うことがある、と福尾は言う。
- 疎の街が現実の空間に影響しているとしたら鳥取のジグシアターに、3年前に移住してきた左官職人の人がいて、「ここは結構、疎の街をうまくやれてると思うんですよ」と言ってくれた。
- 言語は全部借り物である平野啓一郎が、編集者から送られてきた対談原稿に自分の発言として「〜みたく」という言い方が入っていたのが嫌だ、とXに書いていた件から。
- 音楽批評には敵がいない今は肯定性の文化だから、敵を作るのは結構大事だ、と福尾。
- 気持ち悪がられ可能性否定され性と並んで出てくる言い方。
- 程度問題という言葉が持つ無害化の力「さすがに」と「とはいえ」はニュアンス的に近い、という話から、結局すべては程度問題だ、というところへ。