本物の木こり
ほんもののきこり
リスナーのハンドルネームが「本物の木こり」であることに荘子itが反応する。
番組より
木こりって装う必要がない職業だよね。本当のイデアみたいな。
この項目について
同じ日の疎の街の質問会には、「私が本物になれる日はいつなんでしょう」という悩める大学生からの質問が来ていた。それに対して、木こりというものがそもそも本物性を帯びているのに、さらに「本物の」を重ねてくる——「言葉重ねて縋ってくるなこいつ」。福尾が「木こりって装う必要がない職業だよね」と足す。千葉雅也が「本当の作品なんかねえよ」と言う必然性も、すぐ「本当の」という偽の概念が生まれてしまうところにある。
この項目が出てくる回
関連項目
- 否定され力音楽批評はずっと同じ二項対立の揺り戻しばかりで、全然アウフヘーベンしていないのではないか、という話から。
- パワーとタフネス可能なものとか、起こるかもしれないこととか、できるかもしれないものではなく——可能とか偶然とか必然でもなく——とにかくこれが起こったということは事実であって、その起こったことに対してどう自分が引き受けるか。
- 僕が興味深いと思うのは接続詞なしでガンガン書いていくのも好きだが、ありもしない接続を使うことがある、と福尾は言う。
- 疎の街が現実の空間に影響しているとしたら鳥取のジグシアターに、3年前に移住してきた左官職人の人がいて、「ここは結構、疎の街をうまくやれてると思うんですよ」と言ってくれた。
- 言語は全部借り物である平野啓一郎が、編集者から送られてきた対談原稿に自分の発言として「〜みたく」という言い方が入っていたのが嫌だ、とXに書いていた件から。
- 相対的匿名性いま同じことをXで言っても変なポジショントークに回収されるだけだから言わない——ポッドキャストくらいが適度でいい、というところから。
- 音楽批評には敵がいない今は肯定性の文化だから、敵を作るのは結構大事だ、と福尾。
- 気持ち悪がられ可能性否定され性と並んで出てくる言い方。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- 強い解釈を持っている人の話が面白いooioi・批評好きのあいだには「テクストをちゃんと読もう」「解釈や一般的なイメージに逃げず、細部を見れば解釈を超えるものが出てくる」というセオリーがある。
- 人と人が喋るのは面白いooioi・ソクラテス以来、古今東西のやつがずっとそう言っているのではないか。
- フィールドの中で言うから面白いooioi・カニエ・ウェストは元々、手作業のビートメーカーという職人から出発した人で、真面目な職人が絶対にやらないようなありえない感、ヤバさ、神感をうまく出してくるバランスが凄かった、と荘子it。
- 松本人志ooioi・ダウンタウンプラスの最初のコンテンツで2年ぶりに公の場に出てきて、涙ぐんだあとの第一声が「松本、動きました」。