私の血に流れる血映画
わたしのちにながれるち
いまイメージフォーラムでやっている、荘子itが大学生の時に東京国際映画祭で見て超くらった映画。
当時はイタリア語字幕しかないDVDを取り寄せるほどの熱を持っていた。17世紀の魔女裁判と現代が繋がる、言ったら魔女もの。見返して確かに面白いけれど、あの時の「やばすぎる」はもう来ない——それはしょうがない。監督の名前がどうしても出てこず、休憩を挟んだらすんなり出てきたのがその時の自分を迎えに行くの話の入口になった。『ポケットの中の握り拳』の人。
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関連項目
- 思い出のすれ違いの積み重ね『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。
- 暫定的道徳デカルトが『方法序説』で、本当の真理の探求のために引きこもるにあたって必要だと言ったもの。
- 人生劇場の裏に暫定的道徳ありアルバム人生劇場と暫定的道徳の関係について荘子itが言うこと。
- プロビゾワールは即興ではない暫定的道徳の「暫定的」はフランス語でプロビゾワール(provisoire)。
- 理論と実生活を分けないと哲学はできない大学で月給をもらい、結婚して子供もいるのに「n個の性」や「器官なき身体」と言っている哲学者の矛盾について。
- バロックの見せ方で呼び込んでマニエリスムの毒で刺す「実際どう戦っていくのか」に対して後藤護が提案する最良の選択。
- ずっと歪んだ真珠でいるバロックの語源は「歪んだ真珠」。
- クソを愛で続ける人たちの系譜『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントのテーマだった肛門期固着について。