理論と実生活を分けないと哲学はできない
りろんとじっせいかつをわけないとてつがくはできない
大学で月給をもらい、結婚して子供もいるのに「n個の性」や「器官なき身体」と言っている哲学者の矛盾について。
番組より
そこの矛盾みたいなものが、でも許されなかったら哲学なんかできないよって思う。
3つあるっていうかその2つ、理論的なレベルと、自分の実生活でどうやって行動していくかってことを分けないと、哲学はできないよって。
この項目について
「パパ、n個の性なの」——その矛盾が行き過ぎて信頼を失うのも分かるが、その矛盾が許されなかったら哲学なんかできない。社会的な生き方と理論が一致しないといけないなら、一番強いのはロックスターや政治家になってしまい、哲学はいらなくなる。レイヤーは3つある——純粋に哲学としてやるレベル、指導学生との関わりやSNSでの振る舞いという社会人のルール、そしてその二つの層の間で実際どれくらい戦っているのか。n個の性と言うだけで満足している人は、最後のレイヤーを考えずにただ「言っとく」だけ——荘子itいわく、ライスワークとライフワークが分離している状態。その間合いの測り方の壊れの処方箋が暫定的道徳。
この項目が出てくる回
関連項目
- 思い出のすれ違いの積み重ね『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。
- 暫定的道徳デカルトが『方法序説』で、本当の真理の探求のために引きこもるにあたって必要だと言ったもの。
- 人生劇場の裏に暫定的道徳ありアルバム人生劇場と暫定的道徳の関係について荘子itが言うこと。
- プロビゾワールは即興ではない暫定的道徳の「暫定的」はフランス語でプロビゾワール(provisoire)。
- バロックの見せ方で呼び込んでマニエリスムの毒で刺す「実際どう戦っていくのか」に対して後藤護が提案する最良の選択。
- ずっと歪んだ真珠でいるバロックの語源は「歪んだ真珠」。
- クソを愛で続ける人たちの系譜『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントのテーマだった肛門期固着について。
- 互いに相手のものだと思っている空間『都市と都市』の途中で出てくる、二つの都市の間に何があるのかの仮説。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- きついと思うかどうかはお前次第aeiai・村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』に出てくる格言——Pain is inevitable but suffering is optional。
- 淡々と人が喋っているのを聞いていたいeiai・コテンラジオやゆる言語学ラジオのような教養コンテンツが来ているのは、教養の復権という話ではなく、ある程度長い、変な高低のないコミュニケーションをずっと聞いていられるということでしかない気がする、と福尾。
- いいんだろうなと思って見ないeiai・**みんながいいと言っているから、いいんだろうな—— そう思ってしまうと、その時点でもう興味がなくなってしまう。
- 映画音楽は一切サンプリングしていないeiai・映画音楽っぽい、映画っぽいと言ってくる人が多い。
この項目に言及している項目
- 浅田の残りがまだ暖かい麻布台ヒルズでやっている坂本龍一のアンビエント展の内覧会に誘われて行ったら、「さっきまで浅田さんもいましたよ」と言われた。
- 宇川直宏DOMMUNEを15年やってきた人。
- カモノハシ的な存在『博覧狂気の怪物誌』で重要なモチーフになっている、分類不可能な全てを兼ね備えた存在の象徴。
- 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉荘子itが公開初日に見て、文句を言いながら2回見た新作。
- 後藤護『黒人音楽史』『博覧狂気の怪物誌』の批評家。
- 全部自分で書いた唯一の曲冒頭、口ならしのつもりで、Dos Monosで唯一荘子itが他の二人のバースまで全部書いた曲の歌詞を暗唱した。
- その時の自分を迎えに行く絶対に知っている名前(マルコ・ベロッキオ)が出てこないとき、どうやって思い出すかについて。
- 天幕のジャードゥーガル荘子itが「10話まで見た」とすすめるアニメの原作漫画。
- 都市と都市福尾が10年積んでいてWoven βooksを機に読んだSF小説。
- バカデカい色紙まどマギ新作の来場特典。
- 博覧狂気の怪物誌後藤護の新刊。
- 迷子になれる街福尾がブッククラブ「Woven βooks」のテーマにした言葉。
- 私の血に流れる血いまイメージフォーラムでやっている、荘子itが大学生の時に東京国際映画祭で見て超くらった映画。