2026年9月7日
暫定道徳と人生劇場
DOMMUNEでの後藤護『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントの話から、バロックとマニエリスム、クソを愛で続ける人たちの系譜、方法としての松岡正剛へ。中盤は「n個の性」と言うだけの大学教員問題から、デカルトの暫定的道徳——人生劇場の裏に暫定的道徳あり。終盤は『都市と都市』の「互いに相手のものだと思っている空間」と、迷子になれる街。
話の流れ
- 0:30全部自分で書いた唯一の曲一人で3人のラップを書いていた時代の口が出た。
- 2:50DOMMUNEで後藤護と『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントに勝手に出演。
- 4:01宇川直宏15歳の自主映画犬に自分でアテレコ、鍵盤ハーモニカでBGM、現場で編集。
- 5:05クソを愛で続ける人たちの系譜昨日のテーマは肛門期固着。
- 7:14バロックと現代思想がバトってる『襞』は言葉のバロック論。本当のバロキストは物を集める。
- 8:20方法としての松岡正剛固着的なフェティシズムを反復可能なものにしていく。
- 10:30ずっと歪んだ真珠でいる周縁と中心。資本主義は外れ値を価値に変換する。
- 12:28あり得たかもしれない自分福尾匠が黒眼鏡をしていた可能性、後藤護がリムレス眼鏡の可能性。
- 14:11松岡正剛の再評価はまだ追悼ムードが続いている。荒俣宏は本を10年寝かせて読む。
- 15:06バロックで呼び込んでマニエリスムの毒で刺す後藤護の戦略。荘子itは逆だと思っている。
- 16:24露悪が価値を失う時代エログロナンセンスを一蹴すると失うものが大きい。
- 18:14政治に興味がない人生の500年史政治的なものの方がリアルと言う歴史より分厚い。
- 21:12北方ルネサンス後ろにあったはずの風景が競り出してくる。
- 22:00実家に引きこもって襞を張り巡らせる引きこもりの内側にも無限の細部がある。
- 23:17n個の性と言ってるだけのパパ外では器官なき身体とか言ってるらしいよ。
- 25:243つのレイヤー理論と、社会人のルールと、その間でどれくらい戦っているか。
- 27:23デカルトの暫定的道徳『方法序説』。まっさらにしてる間に住んでおく小屋。
- 28:55韓信の股くぐり股をくぐらなければ英雄になれなかった。
- 31:59人生劇場の裏に暫定的道徳あり詩の世界に暫定的道徳の残滓が混ざり込む。
- 33:09ステージに上がった暫定的道徳現在進行の暫定的道徳の方が最もラディカルでありうる。
- 34:19物知りを陰謀論者と呼ぶ世界知識が楽しいってこっちでしょ。
- 37:35浅田の残りがまだ暖かい麻布台ヒルズの坂本龍一アンビエント展の内覧会で。
- 38:41柄谷行人はいい顔をしている奥崎謙三味がある。過去のことを絶対に忘れないぞ。
- 39:52カモノハシ的な存在分類不可能な全てを兼ね備えた、ありえないパラメーターの動物。
- 41:01人間じゃないものに似てる人は強い菊地成孔の教え。人間だなという顔の人は弱い。
- 41:55まどマギ新作を初日に文句を言いながら2回見た。
- 45:18バカデカい色紙袋もなく渡されて、これで電車で帰るんですか。
- 46:26予告編で画面が小さく見えるいろんなことをめっちゃ言ってるのに世界がめっちゃ狭い。
- 49:10梅ラボがラスボスとして出てくるゼロ年代美術がイヌカレーと合流する。
- 50:25天幕のジャードゥーガル知恵を身につけることで生き抜いていく、屈折した復讐の話。
- 54:26魔女ものと聖女もの迫害の対象から魔女同士のシスターフッドへ。
- 56:36名前が出てこない休憩を挟むとマルコ・ベロッキオが出てきた。
- 58:13記憶は他のものとくっついているそれを読んだ時の自分ごと思い出す。それこそバロック。
- 59:46脳内の2人と現実の2人自分の中にいたあいつらと、目の前のあいつらの調整。
- 1:02:08すれ違いがすれ違いのままで引力と斥力。同じ思い出ばかりだと共依存になる。
- 1:02:53都市と都市同じ空間に重なり合う2つの都市、見てはいけないルール。
- 1:05:56互いに相手のものだと思っている空間最後の餃子。冷蔵庫の賞味期限切れ。
- 1:12:45迷子になれる街Woven βooksのテーマ。盆踊り会場の大丈夫性。
- 1:15:45プチ失踪のツールタバコ、喋り。みんな何かあるはず。
- 1:19:50プロビゾワールは即興ではない前が見えないのが即興、差し当たり見通すのが暫定。
この回で出てきた言葉
- 浅田の残りがまだ暖かい麻布台ヒルズでやっている坂本龍一のアンビエント展の内覧会に誘われて行ったら、「さっきまで浅田さんもいましたよ」と言われた。
- カモノハシ的な存在『博覧狂気の怪物誌』で重要なモチーフになっている、分類不可能な全てを兼ね備えた存在の象徴。
- クソを愛で続ける人たちの系譜『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントのテーマだった肛門期固着について。
- 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉荘子itが公開初日に見て、文句を言いながら2回見た新作。
- 後藤護『黒人音楽史』『博覧狂気の怪物誌』の批評家。
- 暫定的道徳デカルトが『方法序説』で、本当の真理の探求のために引きこもるにあたって必要だと言ったもの。
- 人生劇場の裏に暫定的道徳ありアルバム人生劇場と暫定的道徳の関係について荘子itが言うこと。
- ずっと歪んだ真珠でいるバロックの語源は「歪んだ真珠」。
- 全部自分で書いた唯一の曲冒頭、口ならしのつもりで、Dos Monosで唯一荘子itが他の二人のバースまで全部書いた曲の歌詞を暗唱した。
- その時の自分を迎えに行く絶対に知っている名前(マルコ・ベロッキオ)が出てこないとき、どうやって思い出すかについて。
- 互いに相手のものだと思っている空間『都市と都市』の途中で出てくる、二つの都市の間に何があるのかの仮説。
- 天幕のジャードゥーガル荘子itが「10話まで見た」とすすめるアニメの原作漫画。
- 都市と都市福尾が10年積んでいてWoven βooksを機に読んだSF小説。
- バカデカい色紙まどマギ新作の来場特典。
- 博覧狂気の怪物誌後藤護の新刊。
- バロックの見せ方で呼び込んでマニエリスムの毒で刺す「実際どう戦っていくのか」に対して後藤護が提案する最良の選択。
- プロビゾワールは即興ではない暫定的道徳の「暫定的」はフランス語でプロビゾワール(provisoire)。
- 迷子になれる街福尾がブッククラブ「Woven βooks」のテーマにした言葉。
- 理論と実生活を分けないと哲学はできない大学で月給をもらい、結婚して子供もいるのに「n個の性」や「器官なき身体」と言っている哲学者の矛盾について。
- 私の血に流れる血いまイメージフォーラムでやっている、荘子itが大学生の時に東京国際映画祭で見て超くらった映画。
この回で触れられた項目
この回からの引用
宇川さんが多分実家の犬かなんかにカメラを向けて、ズームアウトずっと繰り返して、ワンワンワンって泣いてんだけど、それ宇川さんの声なの。犬のワンワンっていう声を自分でアテレコしてんの。
→ 宇川直宏
生産性のない排泄っていう行為にも肯定しているような人たちっていうかね。だからフライング・ロータスも『KUSO』って映画撮ったけど。
同じものを、違うものに同じ良さを見出していくのが、ある種肛門期固着。
バロックに留まるっていうのはずっと周縁でいるっていうか、ずっと海岸の歪んだ真珠でい続けるっていうか。
これでどう戦っていくのかみたいなときに、後藤くんの提案する最良の選択っていうのは、バロックの見せ方で呼び込んで、マニエリスム的な毒で刺すみたいな。それが最も有効な選択だ。
俺は結構逆だと思ってて、やっぱめっちゃ話通じる感じかと思ったら、すごい沼が広がってたみたいな方が、基本的な呼び込み方じゃないっていうので、逆だなと思って戦略が。
その政治に興味がないリアルな人生を生きた人たちの500年史を一応出したんで、まずそこから一緒に議論できますかっていうつもりで書きましたみたいな。
→ 後藤護
そこの矛盾みたいなものが、でも許されなかったら哲学なんかできないよって思う。
3つあるっていうかその2つ、理論的なレベルと、自分の実生活でどうやって行動していくかってことを分けないと、哲学はできないよって。
暫定的道徳が必要だって言うんだよね。暫定的道徳っていうのは何かっていうと、とりあえず郷に入っては郷に従えで、その社会の中で流通してる規則にはとりあえず乗っかるっていう。
→ 暫定的道徳
まっさらにしてる間住んどく小屋がいるよねっていう、それが暫定的道徳。自分が本当にゼロから何かを立ち上げるときに、とりあえず住んでおく小屋みたいなのが必要で。
→ 暫定的道徳
本当にラディカルなことをやりたいからこそ、いきなりn個の性とかってぶち上げると意味ないよっていう。
→ 暫定的道徳
人生劇場の裏に暫定的道徳ありでしょ。
ステージに上がった暫定的道徳はもう本当は暫定的道徳ではないのかもしれないね。かつて暫定的道徳だったものが今ステージに上がって。
暫定的道徳の方が最もラディカルだっていうことすらあり得るんだよね。
方法的な契機というか、中心と周縁がこう、交換可能になる瞬間に、めっちゃクリティカルな価値が宿るみたいな。
柄谷行人も別に楽しそうじゃないもんね、生きてて。
→ 柄谷行人
松岡正剛が今生きてたら絶対村田沙耶香とか濱口竜介の話はしてるし、それを楽しんでやってるはずなんだよ。だって松岡正剛の情報の歴史に一応Dos Monosも入ってるからね。
→ 松岡正剛
直接挨拶はしなかったんだけど、さっきまで浅田さんもいましたよみたいな感じ。浅田彰も来てたよみたいな。
柄谷行人は本当にいい顔してるよな。奥崎謙三味があるよね。
→ 柄谷行人
なんかの哺乳類の小動物に外からくちばしとかつけたんじゃないみたいな、疑われるぐらいのものが現実世界にいるみたいな、分類不可能な全てを兼ね備えた存在と象徴として。
菊地さんがさ、昔それこそその、人間じゃないものに似てる人は強いって言ってたよね。
来場特典の色紙みたいな、袋もなくさ、超なんか、まどマギのなんか絵がバカデカく書いてある色紙を渡されてさ、これで電車で帰るんですかみたいな感じの。やばいよね、これ人々だと思ってない感じが。
→ バカデカい色紙
気持ちの入ったセリフがなんかキュッとした、すごい細密に書かれた背景とかが、画面が小さく見えんだよね。
梅ラボがねバーンと後半でね、ゼロ年代美術のラスボスみたいな感じで出てくるんだけどね。
身分はすごい効くんだけど、知恵を身につけることで生き抜いていくみたいな。生き抜いていくっていうのからまたすごい屈折してて。
よしながふみの『大奥』的な想像力というか、『大奥』が、もし男女逆だったらどうかみたいな。
真っさらっていうか、その時の自分を迎えに行くみたいな気持ちで思い出せば思い出せるんじゃない。
記憶ってやっぱさ、他のいろんなものとくっついてる、単なる独立した知識じゃないからさ。それを言ってた時の自分とか、それを見てた時の自分みたいな、それも一緒に思い出すっていうね。
なんか口ならしのつもりで、自分一人で3人のラップを書いてた時代の口出したんだけど、俺の脳内に他の2人も含まれているんだよね。でもそこからやっぱり、現実の2人と一緒にやっていくことになったみたいな。
自分の中にいたあいつらと、でも今現実に目の前にいるあいつらとの調整をするんだよね。
俺は覚えてるあいつのことをあいつは忘れてるっていう、俺が覚えてる俺のことをあいつは覚えてる、俺が忘れてる俺のことを相手が覚えてるっていう、すれ違いがすれ違いのままで維持され続ける状態みたいな、それがいいなと思うね。
ルールをみんなが本当に身体感覚レベルで内面化してる人たちが住んでて、ベジェルとウルコーマっていう2つの都市が同じ空間上に重なり合ってて。
→ 都市と都市
ベジェルの人たちはそれはウルコーマに所属してるものだと思っていて、ウルコーマに所属してる人はそれはベジェルに所属してるものだと思い込んでる空間があるんじゃないかって仮説が出てくる。
単なるどっちつかずのものっていうか、二つの間にあるものじゃなくって、二人が互いに相手のものだと思ってるものみたいなものの方が、なんかめっちゃこう、思考をノックされる感じがあるっていうか。
迷子になれる街っていうテーマにしたけど、都市と都市の舞台とかは、言っちゃえば迷子になりようがない。
→ 迷子になれる街
でもこの空間だったら大丈夫性がある。本当はそこも原理的に言ったら迷子はいけませんよなんだけど、迷子になったとしても帰ってこれそうな空気があるっていうかさ。
→ 迷子になれる街
インプロビゼーションは、先が、プロっていうのが前で、ビーズっていうのが見るで、前を見れなくするのがインプロビゼーションだから、先が見えない状態で演奏するのが即興。それに対してプロビゾワール、プロビジョンっていうのが前を見越してるわけだけど。
何小節か先は見えてるみたいな感じ。でもそれより先は分かんないみたいなものが多分プロビゾワールなもので。