ノスタルジーというには具体
のすたるじーというにはぐたい
蒲田のタイヤ公園と、夕方5時のチャイム。
番組より
普通にノスタルジーという言葉で片付けていいのか分からないけど、ノスタルジーっていうには具体なんだよね。
昨今言われてるノスタルジー的なものともちょっと違う、自分の人生がそのまま圧縮されている感じ。
この項目について
年に一回くらい子供を連れて行って、 同じくらいの塩梅の夕焼けのなかでこの音を聞くと、 本当に死を迎えているくらいの感じになる。 隕石が落ちてくる『メランコリア』の最後のカタルシスほど 終末的ではないけれど、 この短い時間に、自分が明け渡される。 それをノスタルジーという言葉で片付けていいのか分からない—— ノスタルジーというには具体なんだよね。 昨今言われるノスタルジー的なものとも違う、 自分の人生がそのまま圧縮されている感じ。
この項目が出てくる回
関連項目
- AIは密で、人間の脳は疎AIは人間の脳とは全然違うモデルなのだ、と福尾は言う。
- 拝金主義のほうが対応がまとも出版社をめぐる問題と、ホリエモンの動画を並べて話すなかで出てくる。
- 黙っていることが過剰な意味を持ち始めるSNSで発信しているタイプの人が、 **そういうつもりでなくても、今回黙っているということが 過剰な意味を持ち始める。
- 編集者は態度を決めたほうがいい福尾がフリーランスとして会社と仕事をしてきて思うこと。
- 作品を人質に取らなきゃいけない状態作品の取り下げという抗議のかたちについて。
- どちらの態度をとっても作品がないがしろにされる福尾があいちトリエンナーレのボイコットを思い出して言うこと。
- 無縁でいることはできない**何の組織にも何の界隈にも属さないことで、 永遠に免責され続けることは可能なのか。
- 不可視化された状態が温存されている加害者の社会復帰という論点について荘子itが言うこと。