声を愛するには聞きすぎてはいけない
こえをあいするにはききすぎてはいけない
黒嵜想の声優論の出発点として福尾が紹介する。
番組より
キャラの声を愛するってことは、その声をよく聞きすぎちゃダメなんだよね。よく聞きすぎると声優に遡っちゃうから。
本当にその作品での声、そのキャラクターのその瞬間の声そのものを感受しきるには、やっぱりそういう見方じゃダメだっていう。
この項目について
キャラの声を愛するということは、その声をよく聞きすぎてはダメだ—— よく聞くと声優に遡ってしまうから。 「声優ではなく、このキャラが喋っているんだ」と思い込むためには、 よく聞かない、デチューンする、解像度を下げるという実践が要る。 それを、動きが少なくカタカタしていて、 喋るときも口が開いた状態と閉じた状態の2通りしかない 日本のリミテッドアニメーションのあり方と並べて考える。 荘子itは、同じ声優が 閃光のハサウェイのヒロインもチェンソーマンのレゼもやっているとき、 アニメに詳しければ詳しいほど関連付けてしまう。 そちらに流されないで、その瞬間の声そのものにうわーってなる—— バカみたいな話だが、実はすごく禁欲的にやらなければいけないことだと言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- AIは密で、人間の脳は疎AIは人間の脳とは全然違うモデルなのだ、と福尾は言う。
- 拝金主義のほうが対応がまとも出版社をめぐる問題と、ホリエモンの動画を並べて話すなかで出てくる。
- 黙っていることが過剰な意味を持ち始めるSNSで発信しているタイプの人が、 **そういうつもりでなくても、今回黙っているということが 過剰な意味を持ち始める。
- 編集者は態度を決めたほうがいい福尾がフリーランスとして会社と仕事をしてきて思うこと。
- 作品を人質に取らなきゃいけない状態作品の取り下げという抗議のかたちについて。
- どちらの態度をとっても作品がないがしろにされる福尾があいちトリエンナーレのボイコットを思い出して言うこと。
- 無縁でいることはできない**何の組織にも何の界隈にも属さないことで、 永遠に免責され続けることは可能なのか。
- 不可視化された状態が温存されている加害者の社会復帰という論点について荘子itが言うこと。