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出口そのものを作る

でぐちそのものをつくる

批評が対象作品を価値づけるための回路が、めっちゃ少ない——すでに共有されている道徳的な良さに回収するしかできない、と福尾。

初出
過保護と放課後(2026年7月20日)

番組より

批評がさやっぱり最終的に、その論述する対象の作品を価値づけるための回路がめっちゃ少ないっていう話だと思うんだよね。なんかすでに共有されてる道徳的な良さに回収するしかできないみたいな。

そのものの出口を作るみたいな、出口そのものを作るみたいなのは、なかなかあんまりない。

その中でできる肯定っていうことするんじゃなくて、信仰が崩壊した後の世界の出口の方のことがね、本当は言うべきことでもあるんだと。

この項目について

むしろそれ以外の出口を作品に与えることが批評の側でできなくなっている。荘子itは、20世紀には「みんなこういう話だと思ってるけど、こう読むと今生きてる世の中に対して見方が変わりますよね」という作品・批評・観客の光景が当たり前にあったのに、と受ける。演出やマニエリスムといった細部にこだわって大きな話とは別の良さを抽出することはできても、出口そのものを作るということはなかなかない。映画に対してある種の信仰を持っているからこそ、その中でできる肯定ではなく、信仰が崩壊した後の世界の出口の方をダイレクトに言う言葉を獲得したい、と。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目