制度的にはそうなりました
せいどてきにはそうなりました
荘子itがこの回で離婚を報告する。
番組より
今まで通りのところは今まで通りだけど、一応ね、一応っていうことで、制度的にはそうなりましたので。
大っぴらに言いまくりたいわけでもないけど、でも別に言わないとそれもそれで前提違う感じの印象を与えるというか、俺自身もなんかもやもやするから、言っておこうと。その場にふさわしいのは嫉妬としっぽだろうと。
今日かなりやっぱあれだね、俺やっぱ人格作ってるなこれ。普段口に出ないような何かペルソナが出てきてしまってるなこれ。ちょっと仮面の告白状態になってきてるから、もうちょい打ち解けた方がいいな。
別にただ制度上関係なくなるだけでも子供もいるわけだしね。家族っていう言葉じゃないのかもしれないけど、いい付き合いはしていきたいよ。少なくとも親子関係は絶対に消えないしね。
制度的に離婚するかどうかとは別にさ、やっぱあらゆる夫婦にさ、どっかしら噛み合わないところってあるからさ。それが結果として制度的な離婚どうこうの話に行くかどうかみたいな、程度の違いみたいな感じもするけどね。
この項目について
今まで通りのところは今まで通りだが、一応、制度的にはそうなりました、と。大っぴらに言いまくりたいわけでもないが、言わないと前提の違う印象を与えるし自分ももやもやするから言っておこう、その場としてふさわしいのは『シットとシッポ』だろうと思ったという。一人で生配信しようかとも考えたが、リアクションを取ってくれる人がいたほうがいいと言われた。話しているうちに「今日かなり俺、人格作ってるな。普段口に出ないようなペルソナが出てきてしまってる。ちょっと仮面の告白状態になってきてる」と自分で言い、もうちょっと打ち解けたほうがいいな、と言い直す。寂しい思いはしているが今後のためにはお互いにとっていいことだろうし、制度上関係がなくなるだけで子供もいる。家族という言葉ではないのかもしれないが、いい付き合いはしていきたい——少なくとも親子関係は絶対に消えない。福尾は、制度的に離婚するかどうかとは別に、あらゆる夫婦にどこかしら噛み合わないところはあって、それが制度的な話に行くかどうかは程度の違いのような気もする、と返す。
この項目が出てくる回
関連項目
- 過保護と放課後村上春樹をめぐる言説を見ても、売り方としてパッケージングされた通りの消費のされ方しかしていない感じがして、それは寂しい——という福尾の話に、「過保護だと」「じゃあ密の次は過保護」と名前が付く。
- 消費のされ方でコンテンツを分けるドパガキ的な分け方は、消費のされ方でコンテンツを分けている——それは結構不思議なことで、実はあまり今までなかったのではないか、と福尾は言う。
- 道徳的に滅菌された状態で消費されているダナ・ハラウェイの受け取られ方について福尾が言うこと。
- アドマチックドパガキの対義語はセロトニンおじさんではなくアドマチであってほしい、と福尾が言い出す。
- 他者の魂を信じるための装置自分以外にも他者がいるということを信じる感覚は、アドマチックで生成される、と荘子itは言う。
- 誰も薬の話をしないケアや精神分析の2020年代的な消費のされ方を見ていて不思議なのは、誰も薬の話をしないことだ、と福尾。
- 家ではなく街に住んでいる家が一回なくなっても外側に街があるのは素晴らしいことだ、という荘子itの実感に、福尾が書きかけのエッセイを重ねる。
- 出口そのものを作る批評が対象作品を価値づけるための回路が、めっちゃ少ない——すでに共有されている道徳的な良さに回収するしかできない、と福尾。
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- アドラブルアドマチックの語感から。
- 意味より強度、の使われ方宮台真司ですらドゥルーズを参照して「意味より強度」と言うが、それは物語なんか信じないで情動と溢れんばかりのものにまみれようぜという、ある種ドパガキ的で30代的な物語でもある、と荘子it。
- インドでは警備員も寝ている福尾が黒嵜想・大和田俊と3人でインドに3週間いたときの話。
- 嘘喰い荘子itと岩崎が共通して好きな漫画。
- 海辺のカフカ『カホ』からの流れで福尾が10年ぶりに読み返した。
- AとCの関係はAとCだけで変わらない離婚の報告のあとで福尾が言う。
- サイボーグ宣言ダナ・ハラウェイの文章。
- 神保町まんてんのカレー監督の岩崎のソウルフードで、出会って10年、幻の存在だったのについに一緒に行けた店。
- 総駆り立て体制ではない昼寝インドでは警備員が木陰で寝ている。
- ダナ・ハラウェイ道徳的に滅菌された状態で消費されているの例として出てくる。
- 間違いがなくなることによって悪意が伝わるワールドカップのVARの話から。