消費のされ方でコンテンツを分ける
しょうひのされかたでこんてんつをわける
ドパガキ的な分け方は、消費のされ方でコンテンツを分けている——それは結構不思議なことで、実はあまり今までなかったのではないか、と福尾は言う。
番組より
つまりドパガキ的な分け方ってさ、消費のされ方でコンテンツを分けてるわけじゃん。それって結構不思議なことだと思う。
そのコンテンツが喚起する情動によってコンテンツを分類するみたいな。それは20世紀的な意味でのジャンルみたいなものとは全然違うわけだよね。
この項目について
「こういう気持ちにさせる音楽」ということだからだ。最近の「結局全部テクスチャーなんだ」という話ともつながっていて、そのコンテンツが喚起する情動によってコンテンツを分類するというのは、20世紀的な意味でのジャンルとは全然違う、一つの新しい分類の仕方である。
この項目が出てくる回
関連項目
- 過保護と放課後村上春樹をめぐる言説を見ても、売り方としてパッケージングされた通りの消費のされ方しかしていない感じがして、それは寂しい——という福尾の話に、「過保護だと」「じゃあ密の次は過保護」と名前が付く。
- 道徳的に滅菌された状態で消費されているダナ・ハラウェイの受け取られ方について福尾が言うこと。
- 制度的にはそうなりました荘子itがこの回で離婚を報告する。
- アドマチックドパガキの対義語はセロトニンおじさんではなくアドマチであってほしい、と福尾が言い出す。
- 他者の魂を信じるための装置自分以外にも他者がいるということを信じる感覚は、アドマチックで生成される、と荘子itは言う。
- 誰も薬の話をしないケアや精神分析の2020年代的な消費のされ方を見ていて不思議なのは、誰も薬の話をしないことだ、と福尾。
- 家ではなく街に住んでいる家が一回なくなっても外側に街があるのは素晴らしいことだ、という荘子itの実感に、福尾が書きかけのエッセイを重ねる。
- 出口そのものを作る批評が対象作品を価値づけるための回路が、めっちゃ少ない——すでに共有されている道徳的な良さに回収するしかできない、と福尾。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- アドラブルアドマチックの語感から。
- 意味より強度、の使われ方宮台真司ですらドゥルーズを参照して「意味より強度」と言うが、それは物語なんか信じないで情動と溢れんばかりのものにまみれようぜという、ある種ドパガキ的で30代的な物語でもある、と荘子it。
- インドでは警備員も寝ている福尾が黒嵜想・大和田俊と3人でインドに3週間いたときの話。
- 嘘喰い荘子itと岩崎が共通して好きな漫画。
- 海辺のカフカ『カホ』からの流れで福尾が10年ぶりに読み返した。
- AとCの関係はAとCだけで変わらない離婚の報告のあとで福尾が言う。
- サイボーグ宣言ダナ・ハラウェイの文章。
- 神保町まんてんのカレー監督の岩崎のソウルフードで、出会って10年、幻の存在だったのについに一緒に行けた店。
- 総駆り立て体制ではない昼寝インドでは警備員が木陰で寝ている。
- ダナ・ハラウェイ道徳的に滅菌された状態で消費されているの例として出てくる。
- 間違いがなくなることによって悪意が伝わるワールドカップのVARの話から。