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言語化と対比すべきはお気持ち

げんごかとたいひすべきはおきもち

「言語化」という言葉は、人を褒めるか自分をけなすかのどちらかでしか使われない(「言語化能力は私にはあります」と言う人はいない)。

初出
言語化とか宗教とか(2025年11月24日)

番組より

言語化能力が一つの価値として流通するっていうのはどういうことかっていうと、内面がすごい平板化するってことと同時に起こってることだと思うんだよね。だから逆に言うと、そこでウィーネスが調達されてると思うんです。

この項目について

だから「言語化力すごい」というのは、「私も同じようなことを考えていたけれど、あなたが私より先に上手にそれを言葉にした」という褒め方になっている。言語化能力が一つの価値として流通するということは、内面がすごく平板化するということと同時に起こっている——そして、そこでこそ「ウィーネス(私たち性)」が調達されている。先に言語化した人とあとからそれを見た人のあいだに、もともと同じ気持ちを持っていたかのような内面のつながりが事後的に構築される。だから言語化と対比・並置すべきなのは、批評でも考察でもなく「お気持ち」だ、と福尾は言う。荘子itは、別の言葉で言語化されていたら微妙に違うテクスチャーを持ったはずの思考が、一つの言語化を旗印に集うことで平板化される、と応じる。そこには嫉妬の感情も必ず張り付いている。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目