2025年11月24日
言語化とか宗教とか
柳澤田実のカニエ論から、世俗的な価値では測れない「聖なる価値」と 「私たち性(ウィーネス)の不在」へ。荘子itが朝書いた朝井リョウ 『イン・ザ・メガチャーチ』評をめぐって、推しも考察も 「視野狭窄だと分かっていてもこれをやるしかない」というメタとベタの融合になっている。 そして福尾の「言語化と対比すべきはお気持ちだ」という話。
話の流れ
- 1:30柳澤田実のカニエ論リアルサウンドの「ポップカルチャーと聖なる価値」連載第4回。叩いて終わりにしていいのか、という問題提起が急にバズった。
- 5:20聖なる価値世俗的・経済的な価値では測れない価値。「聖なる」といっても要は世俗ではないという程度の話で、法や一般的な道徳が通用しなくなったところに立ち上がる。
- 6:30リアルメイキング柳澤田実訳。アメリカの福音派をフィールドワークして、宗教体験という抽象的なものがどんな具体的なものを媒介にして発生するかを調べた本。
- 8:10みんなカルトで言えばカルト共通基盤が崩壊した世の中では、それぞれの実体験に根ざした正義が共有されるコミュニティが乱立するのは当然のこと。カニエだけが特別なわけではない。
- 9:20カニエの価値観はどこから来たか父と離婚した母に「お前は天才だ」と言われて育ち、家のことは何もさせられなかった。大人になってから言い出したのではなく、そういう価値観がベースで表現者になっている。
- 11:40イン・ザ・メガチャーチ朝井リョウ。3人とも推しを一歩外から見ているのに、「視野狭窄だと分かっていても、これをやるしか幸せになる方法がない」というモードに入っていく。
- 16:30考察と批評考察は正解を探るもの、批評は突き詰めれば感想。だが「批評が知的で考察はクイズと履き違えたバカ」という対立では絶対にない。ワンピース考察にはちゃんと遊びの意識がある。
- 23:00言語化と対比すべきはお気持ち「言語化力すごい」は「私も思ってたけどあなたが先に上手に言葉にした」という褒め方。だから言語化能力が価値として流通することは、内面が平板化することと同時に起こっている。
- 26:40言葉にすることが考えることだまず気持ちがあってそれを言葉にするのではない。言葉を書くことそのものが何か新しいことを作る、という側面が見えなくなっていく。
- 29:00頭がいいのイメージが固着する東浩紀の「絵が描けるというのも頭がいいなんだ」。言語化の価値が高まるほど、頭がよさのイメージが内面的な価値に寄って固まっていく。
- 36:00出口ではなく糸口「私だけがこの閉じた状況の外にいる」という身振りは哲学がやりがちなこと。外に出る必要はなく、そうなっていることを確認するほうが必要だ。
- 40:37インディー思考・マイナー思考相対的な良し悪しで測る固定したロジックに乗らないこと。それを真っ向から否定するかたちで、あえての擁護が成立する。
- 45:54素朴な理由で書いている人たちエッセイ講座のグループ面談。仕事で書いている自分はどうしてもパフォーマティブな何かを文章に託しているが、こんなに素朴な理由で書く人たちがいるのだと感動した。
- 46:4950代の受講生の話藤井風について書きたい、しかもバズったnoteの経験をもとに——という提案。それはエッセイについてのエッセイになりますよね、と聞いていくと別の話が出てきた。
- 48:01美術の世界のリベラルさに驚いた企業の役員を辞めて美大の院に入ったら、リベラルであることが当たり前になっていることに驚いた。前の会社ではノンポリか保守寄りが当たり前だった。その居場所のなさ。
- 49:00もっと手前にある何か書くとは遠くにあるものを手繰り寄せることだとイメージしがちだが、そうではない。自分が立っている場所をもう一度ちゃんと見てみるところからしか出発しない。
- 51:00文章を教えるのがうまいかもしれない何がどこで引っかかっているか、どこを突けばそれが崩れるかが一瞬で分かる。坂口恭平が「いのっちの電話」でやっていることと近い感覚。
- 52:48トラックが作れるようになることを教えるつもりはない模倣や組み合わせは手法として大事だが、それをそいつの動機と結びつけること、それぞれの自分ごとに接続することのほうが難しい。
この回で出てきた言葉
- 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』。
- イン・ザ・メガチャーチ推しのアイドルが自殺してから陰謀論にはまっていく人物、 洋楽担当だった元レコード会社の父、その父の期待に応えて海外志向のキャラを 演じてきた娘——3人が全員、宗教的な熱狂を一歩外から見ているのに、 それぞれ「視野狭窄だと分かっていても、これ
- 言語化と対比すべきはお気持ち「言語化」という言葉は、人を褒めるか自分をけなすかのどちらかでしか使われない (「言語化能力は私にはあります」と言う人はいない)。
- 考察したがる若者たちなぜ考察が流行ったのか。
- 考察と批評三宅香帆『考察したがる若者たち』を受けて。
- 言葉にすることが考えることだ「言語化」という枠組みでは、まず内面に気持ちがあって、それを言葉に変換する、 という順序が前提になる。
- 聖なる価値柳澤田実の連載「ポップカルチャーと聖なる価値」のキーワード。
- できるようになることを教えるつもりはない福尾は面談をやってみて「文章を書くのを教えるのがめっちゃうまいかもしれない」 と思った。
- 出口ではなく糸口「この状況は閉じている」と言った直後に「でも私はそこから出ています」と 続けてしまう身振り——哲学がやりがちなこと。
- ヒグマ最強説ワンピース考察の定番ネタ。
- もっと手前にある何か福尾のエッセイ講座のグループ面談で起きたこと。
- 柳澤田実「私たち性(ウィーネス)の不在」をテーマにする哲学者。
- リアルメイキング柳澤田実訳。
- 私たち性の不在柳澤田実が「デサイロ」で荘子itと組んだときのテーマ。
この回で触れられた項目
この回からの引用
言語化能力が一つの価値として流通するっていうのはどういうことかっていうと、内面がすごい平板化するってことと同時に起こってることだと思うんだよね。だから逆に言うと、そこでウィーネスが調達されてると思うんです。
書くとか考えるとかって、すごい自分の遠いところにあるものをいかに手繰り寄せるかみたいな感じでイメージしがちなんだけど、実際そうじゃない。もっと手前にある何かに立ち返るっていうか、自分が立ってる場所をもう一回ちゃんと見てみるみたいなところからしか出発しないよなって思った。